拾い主はイイ人らしい

炎天下の真っ昼間、外出先から家に帰る途中、長財布が落ちていた。へぇ、実際に財布が落ちてることがあるんだなとむしろ感心した。周囲を見廻したところ、誰もいなかった。誰か拾いにくるんじゃないかと、なんとなくゆっくり歩いてみたけれど、その財布を通り越しても人っ子一人来る様子はなかった。自分が拾っているところを見られたら盗んでんじゃないかって疑われるんじゃないかと思ってしばらく躊躇したんだけれど、やっぱり誰も来そうもない。しょうがないからしゃがみこんでその黒い皮の財布を拾った。それはまるで金塊でも拾い上げるようにドキドキと、自らの鼓動が早くなるのを感じた。頬も紅潮していただろう。財布を拾いあげたけれど、よし、誰にも見られてない。なにが「よし！」だよ。ああ、そう言えばこの辺は監視カメラもない。んなこと気にしてどうすんだよ。ま、中を見てみる。落とし主の情報、身分証明書とか入ってないかを見るためだ。オレは落とし物を拾った正義の見方だからな。あれ、でも、結構お札が入ってるな。しかも十五枚…。こんなに入ってたら一枚くらい抜いても分からなそう…。いやいや、いかんいかん、なにを考えてんだ、オレ！でも不思議なことにさぁ、小銭が一枚も入ってないんだなぁ。小銭入れるとこあるのに。ん？小銭は別の財布に入れる人なのかな？うちの婆ちゃんとかそうだったよな？小銭だけはいつもがま口に入れてた。…婆ちゃん、元気かな？あー、いやいや、そうじゃなくて、身分証明書とか。っつーかさ、クレジットカードも入ってないってーか、カード類見当たらないってーか、一万円札が一五枚入ってるだけじゃねーか、この財布。なんだよ！いやいや、なにってかーか結構な額が入ってっけどさぁ、ほかになにもないのって…、変じゃね？あれ？ここ、小銭入れるとこ仕切りがあって二種類の小銭が入れられるようになってるとこ、ポケットになってて…、なんか紙が入ってるな。あ？おみくじ？氏神様のじゃん。おー、大吉！オレ、そこの神社のおみくじで大吉引いたことねんだよなぁ云十年。大体末吉か小吉なのに…、あるんだなぁ、大吉。でも、人様の大吉いただく訳にはいかねーからさぁ…、お目にかかれただけでもありがてーや。そりゃあ大吉引いたら財布に入れときたいよなー。さ、キレイに畳み直して元のポケットに戻してと、ふん。さぁ、どうすっかなぁ…。それにしてもアツいんだよなぁ、今日。いやいや、あー、これ、交番に届けるか、なぁ。だよなぁ。写真とかも入ってねぇしなぁ…。拾った場所、写真撮っといた方が良かったかなぁ。っつーか、もう、拾い上げちまったし。戻って来ねぇかなぁ…、落とし主。っつっても、「落とし主です」、なんて人が現れたらさぁ、その人に渡しちゃっていいのか？本当の落とし主じゃないかもしれないじゃんか。っつーか、ここの道、本当に人通らねぇなぁ…。行くしかねぇかなぁ…交番。ヤなんだよなぁ、交番とか行くの。なんかさぁ、緊張するじゃんかぁ。オレ、悪いことしてねんだけど。いっそのことこの財布またココに置いてっちまおうかな。…いかん。探してる人いるかもしれん。届け先が分かりゃいんだけどなー…。届けてはあげたいんだよなぁ、この財布、落としちゃった人にはさぁ…。万刷一五枚も入ってっしさぁ…。ぶー。なんでこんなモン拾っちまったかなー。届けたいとは思うんだけどさー、落とし主にはー…、名前とか住所とか書いといてくれよなー…、身分証明書とか入れとけよー…って、炎天下でこんなことグダグダグダグダ考えてたからさー、熱中症にかかっちゃってて倒れて意識不明のところを通りがかった人が救急車呼んでくれたみたいだ。オレが拾われちゃったってとこか。で、いま病院で目が覚めて、この説明を警察官にしてる。自分のきったねぇ小さい財布の方には小銭ばっかで一枚のお札もなかったけど、運転免許書は入れといたから。警官はオレのこと訝しげに質問を続けてっけど、交番に行かずに済んだし、良かった良かった。