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にわかには信じ難かったが、ヘンリーの言っていたことは本当だった。 翌日、再び唐揚げを出したところ、本当に完売。董哉は我が目を疑った。 特に意外だったのは、あのフレッドが仏教面で最も唐揚げを盛り付けていったことだった。アレだけ文句を言っていたのに、どういう風の吹き回しだろう? 気になりはしたが、わざわざ董哉から差別発言を聞くリスクを高めにいく勇気もなく。 「せめて“美味しい"の一言でも聞けたらなぁ」 日本語で呟いた独り言に、隣でサラダを作っていたコックがチラリと董哉を見た。 美味しいの一言があるだけでも、董哉の心境は今よりぐっと楽になるだろう。しかし、それを今更彼らに求めるのはもう諦めた。 『オメガの作ったメシなんか食えるかよ』 あの時のフレッドの言葉が胸の奥を燻る。 料理を作るのも、食べるのも平等の権利。今でもその考えは疑っていないが、きっとフレッドと同じ言葉を浴びせてくる人間は今後も現れるだろう。 もしもまたお前の飯など食えないと、より多くの人間に言われた時。気にせずにいられる自信が今の董哉にはなかった。 董哉がオメガとしての人生に憂いを感じる原因は、他にもあった。 (…………やっぱり高い) ネットで診察料を調べると、約200ドルだと出てきた。日本円で約3万円である。 カレンダーをもう一度確認する。印を打ったヒートの予定日から、残り1週間程しかない。 留学してから董哉の1番の悩みが、オメガ用の市販薬の効果が想像以上に薄かったことだ。 実は留学を咎められた理由の一つに海外のオメガの抑制剤の問題があった。正直、日本の医療費の感覚に慣れきっていた董哉は、この問題を軽く見ていた。 いざ現地に行くことになると、薬は大量に持ち込めない、市販薬は効果が薄い、かと言って診察料は馬鹿にならない。と、問題づくしだった。 大丈夫だと親に言い切って留学した手前、通院費分の仕送りを増やしてもらうのも憚れてしまう。兄のこともあり、あまり両親の気苦労は増やしたくなかった。 やはり軍事食堂などではなく、給料の出る学内バイトに切り替えるべきだろうか?しかし、貴重な料理経験を積めなくなるのは痛い。 董哉は常に携帯している、3種類の薬を取り出した。 1つは、留学してから常に服用しているオメガの臭い消し用の薬だ。 これは留学前になって初めて董哉も知ったのだが、外国のアルファは日本人よりも鼻が良いらしい。ヒートでなくともオメガを嗅ぎ分けることができるそうだ。 その為、こちらに来てからは下手な事故を起こさない為にも、常に臭い消し用の薬は服用している。この薬に関してはアメリカの薬でも効いているが、薬代が嵩んでいる原因の1つでもある。 2つ目の薬は、アメリカで市販されているオメガ用の抑制剤だ。 留学する前に試験的に購入し、ヒート時に日本で試してみたことがある。しかし、当然と言うべきだが日本の処方薬とは値段も効果も差は歴然だった。 そして3つ目は日本から取り寄せた、本当に緊急時に頼る為のオメガ用の緊急抑制剤。 これは間違いなくヒートのフェロモンを抑えられるが、副作用も酷く、常用は医師からもキツく禁止されている。 「……どうすっかなぁ」 最悪休むしかないのだが、コックや兵士の中には「ヒートはまだか」とセクハラ紛いの発言をしてくる奴らもいる。そいつらに休みを知られると、またセクハラが悪化しそうでシャクだった。 オメガとして生きる事が、国が違うだけでこんなにも煩わしい。ある意味良い体験でもあるが、それ以上にこの煩わしさが一生続く憂鬱が勝った。 董哉はもう一度、市販薬のオメガ抑制剤を手に取る。 「……悩んでる余裕、ないよな」
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