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番外編2『俺をホテルに連れて行って』
ここは雰囲気のいい、夜のライトアップされた海沿いのショッピングモール。南勇大が恋人の北沢橙利と一度は訪れたいと思っていた場所だ。
線状降水帯の影響で先ほどまで強い雨が降っていたが、今はすっかり止んでいる。
風に当たりながら少しだけ話をしようと北沢に誘われて、海の見渡せるオープンデッキをふたり並んで歩いていた。
「社長、今日もごちそうさま。マジでうまかった。やっぱナポリ出身のピザ職人のピザは違うね。あ。ごめん、ピッツァ? イタリアンピザならピッツァかな」
「好きに呼べばいい。ここは日本なんだから」
「いやさ、でもそういうのよくあるじゃん? レストランじゃなくてリストランテとか、チョコじゃなくてショコラとか、やっぱ雰囲気大事っつーか」
「意味がわかればどっちでもいいだろ?」
「わかってないなー、これだから三十二歳は。あ、そうだ、こないださ、うちの店長がチョコくれたんだけどそれ、お客さんから貰ったんだって。店長のファン! ファンがいるなんてすごくねぇ?」
「……そうだな。いい店長だ。交代させてつくづく正解だったな」
「それな! でさ、思い出した思い出した。俺さ昨日ラストまでのシフトでさ、平日なのに意外に店が混んでてさ、品出し追いつかないくらいに忙しかったんだけど——」
「勇大は本当にずっと喋ってるな。お前といると静寂がない。本当に賑やかだ」
「え? うそ、俺おしゃべり? そんなキャラじゃねぇんだけど」
勇大は黙っているタイプではないが、おしゃべりの自覚はなかった。なぜか北沢相手だと、会っていないときに自分に起きた出来事を知ってほしくて、ついアレコレ喋ってしまう。
「いいことだ。おかげでお前のことがよくわかる。それで? 店が意外に混んでてどうしたんだ?」
北沢は穏やかな顔で微笑みかけてくれる。
わかった。勇大がおしゃべりなのではなく、北沢が聞き上手なのではないか。
「あー、それでさ。なんか写真家、あ、自称ね? 自称。自称写真家って奴が俺に話しかけてきてさ。写真を撮らせてくれって言うの。どうしたらいいかな?」
「写真!?」
「うん。これ名刺」
勇大は財布に突っ込んでいた自称写真家の名刺を北沢に見せる。
「自称じゃない。この人はファッション雑誌の編集長だ。元写真家で、ファッション雑誌業界に入ってきて今注目の敏腕編集部だぞ」
「えっ、そんな偉い人なの?」
まったくオーラを感じなかった。ただのおじさんかと思って若干スルーする寸前だった。
「そうだ。声をかけられるなんて名誉だぞ」
「じゃあオッケーしようかな。お金くれるって言ってた。それで、自宅のスタジオで撮らせてくれって」
「自宅!?」
「うん、金持ちなのかな。プライベートスタジオ持ってるからって言ってた」
「……行くな」
北沢の声のトーンが急に変わった。
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