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3.αがΩをホテルに誘う理由
北沢とのやり取りは続いた。今日はランチじゃなくてディナーに誘われた。
勇大は、約束した駅の改札前で北沢が来るのを待っている。今日は雨だが傘を忘れた。そのため、駅の屋根のある場所に立ち、ぼんやりと北沢の車が迎えに来るのを待っている。
実は約束の時間はとっくに過ぎている。『ごめん。仕事が立て込んだ。少しだけ待っていてくれ』と謝りのメッセージはもらったが、かれこれ二十分待たされて、勇大はこのまま帰ってやろうかとイライラし始めていた。
「あれ、勇大じゃん」
改札から出てきたのは、岡田泰輝。勇大がこの世でもっとも会いたくない男だ。
勇大の高校の同級生で、勇大が初めて身体を捧げたアルファ。
「勇大ちゃん! 元気ィ?」
泰輝は勇大が話しかけんなオーラを全開にしているのに、空気も読まずに声をかけてきた。
高校時代はチャラかったのに、泰輝はスーツを着こなし、見た目だけは年相応のサラリーマンのような風体をしている。確か泰輝は大学を卒業後、有名商社に勤めていると聞いた。つまりはエリート街道を突き進んでいるということだ。
泰輝は同僚と思われるサラリーマンたちに「昔の知り合い」と断って勇大のほうへと近づいてきた。
「お前、噂で聞いたけど、またバイトクビになったんだって? 今はニート?」
勇大は半袖のベージュのセットアップに白シャツを合わせたカジュアルな格好をしている。平日にスーツ姿ではないからニートと決めつける、嫌味な泰輝の物言いにイラっとした。
「こんなところで何やってんの? ここで下手な歌でも歌うのかよ」
「は……?」
ふと泰輝の視線を追うと、そこには誰かが置いていった黒いギターケースがあった。「俺のじゃねぇよ」と勇大は泰輝を睨みつける。
「人を待ってんの! 待ち合わせだよ」
「え? お前に友達いたんだ」
嘲笑うような言い方に、カチンとくる。ネクタイを引っ張って首を絞めてやろうかと勇大が一歩近づいたときだ。
「一万円で抱いてやろうか?」
泰輝は勇大の耳元で侮辱の言葉を放った。聞き捨てならない、最悪の言葉だった。
「っざけんな! 百万もらっても断るっ」
勇大は怒鳴り散らす。こいつが真っ当に仕事をしているのが腹立たしい。
世間はおかしい。こんなクズ野郎がエリートサラリーマン。一方の勇大は仕事を転々とする生活。本当に不公平だ。
「あ、金払うのはお前ね」
ヒッヒッと下品な引き笑いをする泰輝。
こうやって人を嘲ることがそんなに楽しいのだろうか。こいつとは絶対に相容れない。
「てめぇ……!」
勇大が泰輝に睨みを効かせたとき、「勇大!」と聞き覚えのある声がした。
低く、でもはっきりとした、印象的なあの男の声。
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