1.Spontaneous(衝動)

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「はぁ……。マジで詰んだ」  勇大はひんやりと冷たい秋風が吹く、早朝の新宿の繁華街を、うつむき加減で足早に抜けていく。  明るいイエローブラウンの髪が風に揺れて目にかかり、勇大はそれを忌まわしげに振り払う。  勇大は、背は百七十五センチとそこそこある。だがやはりオメガはオメガ。日焼けをしても赤くなるだけの色白の肌。小顔で目がぱっちりとしていて、それにまつ毛も長いので、どうしても女っぽく見えるところがある。  それを綺麗と言われても、勇大はまったく嬉しくない。女々しいと舐められているような気になり、相手を睨みつけたくなる。学生のころは、容姿を揶揄ってきた相手を本気でぶん殴ったこともある。  だから身につけるもの、髪型だけは男っぽいものを好む。ルーズなジーンズにゴツいスニーカー。服は着崩して、安いアクセサリーにピアス過多。ちょっとガラが悪いと思われるくらいで丁度いい。ケンカを売られなくなるし、トラブルに巻き込まれることが少なくなるからだ。  もうすぐ始発が動き出す時間帯だ。電車が動き出す前のこの時間、街にはほとんど人がいない。いつもの喧騒が嘘みたいに静かで、匂いも違う。都会独特の人臭さのようなものが消え、無機質なアスファルトの匂いがする。  今のうちに早く家に戻りたい。さっきホテルでアルファに抱いてもらったとはいえ、いまだヒートで(ほて)る身体は辛い。 「はぁ……」  勇大はさっきからため息ばかりついている。  オメガにとって番となる行為は、生涯でただ一度だけ。それをこんな形で消耗してしまい、人生お先真っ暗だ。  これから先、勇大は誰とも番えない。行為すらできない。 「そんなさみしかったんかな、俺……」  酔っ払っていたとはいえ、男を引っ掛けるなんてどれだけ人恋しかったのだろう。言い訳じゃないが、今まで二十五年間生きてきて、こんなふうにゆきずりの相手と身体の関係を結んだことなどない。  なのに、昨夜はどうかしていたのだ。  不採用の通知を受けた精神的ダメージ。酔っていたこと。気づかなかったがヒートの直前だったこと。  悪条件が何もかも揃ってしまい、勇大はすべてを発散させるように、見ず知らずの男に「抱いてほしい」と迫った。  その結末がこのザマだ。  早く番を解消してほしいと勇大は願う。  番解消する=訴えてこない、ということだ。どこの誰なのか、アルファの顔すらはっきり憶えていないが、男には別のオメガと明るい人生を過ごしていってほしい。  アルファ側が次のオメガと番になれば、勇大は強制的に番解消される。早くそうなればいいと思った。  ワンナイトで、遊びのつもりでオメガを抱こうと思ったのに、まさかホテルで突然ヒートを起こされるとは思ってもみなかっただろう。ヒートのオメガを目の前にして、番わないでいられるアルファなどいない。アルファは完全に被害者だ。 「あーあ。解消されるときって、どっか痛くなんのかな……」  知識のない勇大は少しだけ不安になる。バース性についての授業で習ったのかもしれないが、まともに聞いていなかった。  番解消されたオメガはいったいどうなるのだろう。アルファが恋しくて、寂しがりやのウサギみたいに弱って死んでしまうのだろうか。  でもすべては男を誘った自分のせいだ。  いつも考えなしで動く勇大の人生は、自分でも呆れるほど、不幸だ。
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