2.クレイジーな男

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 入社前、期待とやる気に満ち溢れていた心は、わずか三日でポッキリと折れた。  アパレルのショップスタッフとして商業ビル内にある店舗で働き始めた勇大は、毎日、店長の木村に怒られっぱなしだ。愛想の悪い勇大も勇大なのだが、木村の態度は理不尽極まりない。 「は? 嘘だろ。こんな簡単なこともわかんないの!?」 「すんません……教えてもらってないんで」 「教えられなくてもわかるだろ!」 「わかりませんよ」 「マジ無能……ホント使えない新人なんて要らないんだけど」  働き始めてまだ間もないのに、店長の木村は何も教えてくれない。それなのにできないと怒涛のように勇大を責めるのだ。  木村は意地が悪い。自分の気に入った人だけ贔屓して、気に入らない人には態度がふてぶてしい。店長とはいえ、こんなムカつく奴に愛想を振りまく気持ちのない勇大は、初日からすでに嫌われている。 「俺、バックヤード行ってきまーす」  木村の相手をするのに疲れて、勇大は店の裏に逃げる。店舗の裏の細長い空間には、左右に大きな棚があり、服の在庫が仕分けされて天井まで積み上げられている。  その一角に休憩用の私物を置けるスペースがあるのだ。  勇大は、気分転換に私物スペースに置いてある自分の水筒を手に取り、水を飲んだ。 「また店長?」  バックヤードで届いた商品の検品と仕分けをしていた同僚の重田空(しげたそら)が、勇大に心配そうな目を向けてくる。  空は勇大と同じ歳の二十五歳。入社三年目の正社員だ。  勇大より背は低く小柄だが、愛想がよくて明るくて人当たりのいい雰囲気の男だ。 「そうっす。俺、嫌われてるんで」 「勇大は正直者だからね。俺も店長苦手」 「でもパイセンは気に入られてますよね?」  木村の空に対する態度と勇大に対する態度は全然違う。物ひとつ渡すだけでも空にはちょっと面白いことを言って手渡すのに、勇大に対しては無だ。無。そこには笑顔も言葉も何もない。 「どうかなぁ。まぁ、同じ店舗だから仲良くやるしかないもんね。こっちもストレスになるし」  空は「大変だよね」と笑う。 「仕事ってやっぱ楽じゃないっすねー」  勇大はどの仕事もあまり長続きしなかった。待遇が聞いていたものと全然違った。有給があるのに休めない。人間関係。仕事がつまらない。いろんな理由でどれも深く考えずに辞めてきた。  そのツケが二十五歳の自分に降りかかってきていて、そろそろ定職に就きたいと思っていたのに、いざ始めたアパレル販売員の仕事も楽じゃない。 「勇大はスタイルいいからなんでも着こなすし、うちの会社は男服ブランドのほうが人気だから、合ってると思うのにな」 「そうすかねぇ……」  三日目にして、すでに辞めたい。勇大は、この根性なしの自分に、ほとほと嫌気がさしていた。
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