2.クレイジーな男

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「あ、りがとございます……」  勇大の胸の動悸がなぜか収まらない。  北沢はどう見てもアルファだろう。北沢には何か異質なものを感じる。今までどんなアルファに会ってもこんな気持ちにはならなかったのに。  まさかコイツが運命の番ってことはないだろうか、だから妙に身体が反応するのでは、と考えて、すぐに自分にはすでに番がいたことを思い出した。  今さら運命の番に会っても意味がない。  普通に生きていると、そんなものには出会わないらしい。だから考えるだけ無駄だと勇大はそっちの可能性は早々に捨てた。  社長という生き物はきっと天然タラシなのだろう。人を惹きつけて止まない、カリスマ性みたいなものがあって、勇大もきっとそれに当てられたに違いないと自分で自分を勝手に納得させた。  やがて寿司が運ばれてきた。  遠慮なくひと口食べて、口の中でとろけるような魚の甘さにめちゃくちゃ感激した。 「社長、これ、めっちゃ美味いっす。あーマジ寿司最高!」  高級寿司をモリモリ食べてからハッと気がつく。すっかり社長との面接だということを忘れていた。  勇大がおずおずと視線を上げ、社長と目が合うと「食べながらでいい」と言われた。たしかに休憩時間でもあったんだなということも思い出した。 「本当に寿司が好きなんだな」 「はい。まぁ、普通に美味いですよね」  勇大の普段のランチは、家から持ってきたおにぎりひとつと袋入りの千切りキャベツやカットサラダをフードタッパーに入れたもの。とりあえず腹を膨らませられればいいという食事だ。昼から寿司なんて食べたことがない。 「他に好きな食べ物は?」 「え? ステーキかな。滅多に食べられませんけど……」 「そっか。じゃあ次はステーキの店に行こう。今、一番やりたいことは?」 「温泉行ってのんびりしたいです」 「温泉か。じゃあ休みを合わせないとな。スケジュールを確認しておく。次、好きなアルファのタイプは?」 「タイプ……?」 さっきから変な面接だなと思いつつ、勇大は寿司を頬張る。 「優しい人、かな……」  好きなタイプなんてよくわからない。でも聞かれたからには、と適当に答えた。  勇大は片想いすらしたことがない。まともに恋をしたことはない。  勇大はもう誰とも番になれない。  だからこれから恋をすることもない。どんなに優しいアルファでも、番えないオメガなんて論外だろう。 「わかった。お前に優しくする」  北沢はにっこり微笑んだ。不覚にも勇大は北沢の笑顔にドキッとする。  北沢は顔が良すぎる。それに、北沢にはオーラとでも例えるべき、惹きつける何かがあるのだ。さっきから、北沢に真っ直ぐな視線をぶつけられると直視できない。どうも意識してしまう。  慌てることはない。こんな気持ちになるのは、勇大だけじゃないはずだ。  絶対に北沢はモテる。この反応は特別なものじゃない。  北沢は穏やかさと、男らしい強さを併せ持っているような、不思議な男だ。  妙に落ち着かないのは、そのせいに決まっていると勇大は何度も自分に言い聞かせた。
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