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それから北沢は、時々勇大に会いに来た。
この会社は社長が店舗巡回を頻繁にするのだろうか。北沢が来るたびお昼に誘われて、いつもくっだらない話をしながらランチを奢られた。
「ねぇ、社長。なんでいつも俺ばかりランチ面接するんですか」
昼からがっつりステーキランチを食べながら勇大は素朴な疑問をぶつける。
勇大はかれこれ五回はランチに連れて行かれている。対して他の社員はゼロ。頻度おかしくないか。
先輩社員に聞いても、社長の新人面談なんてやってないと言うし、勇大は意味がわからない。
「そうだな。じゃあ今度はランチじゃなくて、ディナーにしよう。仕事終わりに迎えにいく。それでいい?」
この社長、おかしいだろ。ランチ面接の『ランチ』ではなく『面接』のほうに文句を言ったのに。
「じゃあ、めっちゃ高いフルコース食いたいです」
勇大は冗談で言ったのに、「了解。丁度行きたい店があるんだ」と微笑まれる。
なんなんだコイツ、と勇大は警戒心を抱く。
勇大は北沢の意図がまるで読めない。
こんなことをして、北沢になんの得があるというのだろう。
ただの暇つぶしなのだろうか。
それにしては北沢のスマホはひっきりなしに鳴っているし、暇そうには見えない。
「そうだ、勇大。これ、お前のことじゃないか」
北沢が見せてきたのは一枚のA4プリント用紙だ。メールを印刷したもののようだった。
ちなみに北沢はすでに『勇大』呼びをしてくる。別に馴れ馴れしいとは思わなかった。いつもなら腹が立ったかもしれないのに、北沢に言われるぶんには、なぜか嫌な気持ちにならなかった。
北沢から受け取った用紙に目を通す。それは『お客様からの声』と書かれているもので、そこには『友達みたいに親身になって服を選んでくれる面白い店員がいる』的な内容が書かれている。
「マジか。誰だよこんなこと言ってくれたの……」
「ちゃんと仕事、できてるじゃないか」
社長である北沢に褒められて、勇大は「あ。すんません」と視線を逸らしながら礼を言う。人生褒められたことなんて皆無の勇大は、どうしても照れくさかったのだ。
「この投書ひとつでお前を正社員にできる。やる気はあるか?」
「あ……え? マジすかっ?」
正社員と契約社員では、待遇が全然違う。正社員になれたら、生活が格段に安定する。
面倒くさい店長・木村が左遷され、代わりに空が店長になってから、店舗の雰囲気はとてもよくなった。今の職場ならストレスをあまり感じずに働けそうだ。
「いつも思っているが、お前は着こなしのセンスがある。それ、全部ウチのブランドだろ? お前が着ると違って見えるくらいだ」
「そうすか? まぁ、俺、人と被るの嫌いなんすよね」
勇大は小物でアレンジしたり、重ね着をして雰囲気を変えるのが好きだ。そもそも持ってる服の数も少ないし、普通の着こなしだけでは毎日同じ服を着ている印象になってしまうのも、要因のひとつだ。
「今日もカッコいい。お前は小顔だし、顔も派手だから服がよく似合ってる」
「あ、ありがとうございます……」
北沢はアパレル会社の社長としての意見を率直に述べているのだろう。別に勇大自身が北沢の好みだと言われたわけではないのに、一瞬、勘違いしそうになった。
「社長も、カッコいいっすよ」
「ん?」
「それ、俺の売ってるブランドよりもワンランク上のラインで展開してるうちのブランドっすよね? それでもスーツにしちゃ、お手頃価格でしょ? なのに社長が着てると高級スーツに見える。今どき流行らないネクタイピンが逆にいい感じっす」
「は……?」
「あーあーあー、照れなくていいって、社長も着こなし上手ですね! 俺が認める奴なんて相当っすよ?」
褒めてもらったぶん、褒め返したつもりなのに、北沢は固まってしまった。
あれ、これ、やっちまった……?
勇大は青ざめる。これは社長である北沢に対して失言をしたんじゃないだろうか。
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