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「オヤジの財産はどう分けるんだ。それに、この家の権利はどっちになる? あの絵画も、クラシックカーもどうするか決めないと」
「ちょっとはない頭を使えよ! 普通、長男であるおれの物になるだろう」
「そうよ。私たちは義父さんの面倒をみていたじゃない。当然でしょう」
「やだわ、義姉さん。メイドを一人、雇っていたってだけじゃない! 金だけだしゃ良いっていうの? たまに家へ様子をのぞきに来たくらいで偉そうに」
──喧々ごうごうと唾をとばしあう、醜い姿。こんな奴らは、どうとでもなればいい。血が沸騰しそうになるほどの怒りを覚える。ベッドの上で右こぶしを強く握った。
ただ、孫のジョセフだけは別だ。
長男は子供を授からなかったが、次男家族から唯一産まれた男の子……。もう六歳になったか。
栗色のくせっ毛に、濃い藍色をした穏やかな瞳。優しい子だ。私の皺だらけの手をさすり、この場で唯一、私の身を案じている。この子だけには明るい未来があるべきだ。
口論の真っただ中で、心を痛めているのか悲しげ。父親のチッ、という舌打ちに身をすくめる。ああ。顔を歪めて、いまにも泣きそうじゃないか。
私はこの場を収めようと口を開く。唇が憤怒でわななき、声が震える。
「分かった……。明日、もう一度来てくれ。それまでに遺言状を書いて、私の死後の処置を決めておこう。──何だったら弁護士も連れてくればいい」
劇の幕が下りたかのように、一同が押し黙った。
ひりついた雰囲気は霧散し、ジョセフの顔が晴れていく。私は彼のカーブした髪を撫でた。そして、声を絞りだして付けくわえる。
「ただし。ジョセフは家で留守番をさせておくんだ……。シッターでも雇え。小さな子供に……こんな言い争いの場を二度と体験させたくない」
分かったよオヤジ、と長男が一言。妻を連れてさっさと部屋を出ていった。それを追うように次男家族も。ジョセフだけは顔をこちらに向け、手を振っていた。
「絶対だぞ。絶対にジョセフは連れてくるな」
次男の背中に、念押しの言葉を投げる。
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