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柊真は何年かぶりに相良のバー『キングフィシャー』を訪れた。
同じ商店街にあったが、仕事が忙しいことを言い訳にして行かずにいた。
バーにはなんと、やはり何年かぶりに会う志信がいて、その横には懐かしい顔があった。
「深町先生じゃないですか」
「ああ、おまえは」
深町は全く変わっておらず、柊真は何よりその事に驚いた。
「覚えてるよ、木瀬だ。また背が伸びたんじゃないか」
「良かったな、覚えて貰えてて」
柊真に向かって皮肉めいた台詞を言った志信は相変わらず小柄で、深町はアラフォーに見えない幼さだった。有り得ない組み合わせを見て柊真が言葉をなくしていると、
「それでね、深町さん。この間……」
志信は久しぶりに会った柊真との会話もそこそこに深町の方を向き直った。
事情は分からないが、あれからだいぶ経った。志信はあれだけ嫌悪していた相手と今は談笑している。
志信の中の燻りが時間をかけて解決したのだと柊真は理解した。
後に、志信は柊真の店の常連になる。これは必然なのだ。二人には奇妙な縁がある……。
柊真はカウンターに腰掛けた。
店の奥にはグランドピアノが置かれ、ステージも設けられ、生演奏を聴けるほどの広さに変わっていた。
様変わりした店内を見渡して、「変わったね」と柊真が言うとカウンターの中にいた相良は力強く頷いた。
相良がいないバーの上の居住スペースには今では同じバーで働く後輩バーテンダーが住んでいるそうだ。
柊真は相良の帰る家に帰る。
柊真がここに来る意味はもうない。
カウンターに座った柊真の前に相良がグラスを置いた。
年を経ても柊真は酒が弱いままだったので、相良は柊真の為、当然のように度数の低い甘い酒を作るのだった。
「美味しい」
「君はいつも同じ感想だね。それしかないのかな」
「一生同じだと思うよ」
「君の言葉はいつも重い」
柊真はカウンターに乗り出して、俯いた相良の目元にキスをした。
周囲がざわつくのも織り込み済みだった。今日は誰彼問わずに見せつけるつもりだった。
ここではいつものように彼が口を塞いで来ることはない。
「一生一緒にいよう」
柊真が言うと、相良の顔がみるみる内に赤くなっていった。
男たらしだった彼がいつからこんなに初心になってしまったのだろうか。
彼と約束をしてからここまで、彼と出会うまでと同じ時間がかかっていた。
やっと彼に言葉が届いた。
終
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