世界最速の男

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世界最速の男

 オリンピック男子百メートル走。  9秒33の世界記録保持者、ベン・ロンソンの集中力はいやが上にも高まっていた。 (おれは走る神)徹底的に自己暗示をかけるベン。(金メダルはおれのもの。おれは地上最速。おれはマッハの男)  スターティンググリッドにつく。かがみ込む。いよいよだ。 (おれはスピードの王。おれは走るマシン。おれはF1。おれはジェット機)  なおも集中力を極限まで持っていく。精神をぎりぎりまで追い詰める。自己の内面に深く沈潜する。 (おれは最速。おれは最速。おれは最速。おれは最速。おれは最速。おれは神。おれは神。おれは神。おれは神。おれは神。おれは天才。おれは天才。おれは天才。おれは天才。おれは天才) 「ちょっとちょっと、アンタ」  声がする。ベンは振り向く。 「へ?」  係員は言った。 「レース、とっくに終わってるよ」
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