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「一緒に、川に入った……」
清野がぽつりと言った。いつの間にか陽が沈んで、辺りは暗くなっている。
俺が事切れた後の話だ。動かなくなった俺を抱えて、清野は川に入ったらしい。
「この川、似てるな……」
いつも二人で会っていた河原。その河原によく似ている。
「だから、いつもここに来てる。落ち着くんだ」
「……自分が死んだ場所なのにか」
「逢引きっていうの? そういう場所でもあったじゃん」
大切な思い出の場所だ。
「……会いたかった」
清野の言葉に、俺も頷く。
会えないと思っていた。でも会えた。会いに来てくれた。
会いに……。あれ、そういえば、どうして俺の居場所が分かったんだろう。高校名から、この島の住人であることはすぐに分かるだろうけど。
「俺がここにいるってよく分かったな」
「蒼の親父さんに聞いた」
「親父!? 家に行ったの? っていうか、なんで家を知ってるんだよ」
「フェリーを降りるときに、受付の人に篠田蒼を探してるって言ったら住所を教えてくれた」
この島に個人情報はあってないようなものだ。それに今、俺は島の有名人であり子供たちのヒーローでもある。
「遅くなって悪かった。甲子園の決勝が終わったらすぐに会いに行こうとしたんだ。でも全日本に選ばれて、すぐにアメリカに行くことになって」
前世で恋人だった女とそっくりな「篠田蒼」という存在に清野が気づいたのは、あの新聞のスポーツ欄がきっかけらしい。『部員九人の夏!エース孤軍奮闘!』という記事はネットニュースにもなっていたらしく、そちらには俺の写真が掲載されていたという。
「ニュースを見たときは信じられなかった。すぐに会って確かめたかった。今日、やっと帰国したんだ。もう待てないと思って、空港に迎えにきた顧問を振り切ってここに来た」
それは不味いんじゃないだろうか。
「大丈夫なのか?」
「かなりキレられたけど平気だ」
それが全然、平気ではないんじゃないだろうか。
「島にはホテルとかもないし、俺の家に泊まってもらうことになるけど」
「そういえば、なんか親父さんが魚を釣ってくるって張り切ってたな」
「え?」
「俺のこと知ってたみたいだ」
もちろん前世の清野ではなく、現在の清野宗篤のことだ。
「まぁ、親父は高校野球が好きだし。お前はプロ注で有名人だし」
「なんか、試合の話とかプロに行くこととか聞かせてくれって言われたよ」
「マジかよ」
酔っぱらって上機嫌になり、清野に絡む親父の顔が目に浮かぶ。
「……ていうかさ、よく俺だって分かったよな。性別変わっちゃってんのに」
「顔、そのまんまだったぞ」
前世の俺が男顔の女だったのか、今の俺が女顔なのか。よく指摘されるのは童顔であることと、「ナルコメ君」に似ているということ。
「ナルコメ君でごめんな」
美形の清野を前にして、ついそんな言葉が口から漏れた。
「なるこめ……? なんだ?」
どうやらピンと来ないらしい。味噌の会社のキャラクターだと言ったら理解したようで、「ああ、似てるな」と言いながら清野が笑った。
笑顔の清野の背後には、夜空が見える。星がきれいだなと思った。その瞬間、あのときと同じだということに気づいて涙が溢れた。
同じ夏の夜。川のせせらぎ。虫の声。でも、あのとき泣いていた清野に涙はなかった。急に泣き出した俺を心配そうに見つめている。
マメだらけの清野の手が俺の涙を拭う。前世では、こんな手をしていなかった。同じように逞しい手だったけど、違う。
そういえば、前の俺はこんな風に泣いたりしなかった。いつも強がってばかりで、素直に甘えることが出来なかった。
同じ二人だけど、少しだけ違う二人だから、今度は生きて幸せになれる。そんな風に思った。
<了>
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