今日の試合も心中します

5/5
前へ
/5ページ
次へ
「一緒に、川に入った……」  清野がぽつりと言った。いつの間にか陽が沈んで、辺りは暗くなっている。  俺が事切れた後の話だ。動かなくなった俺を抱えて、清野は川に入ったらしい。 「この川、似てるな……」  いつも二人で会っていた河原。その河原によく似ている。 「だから、いつもここに来てる。落ち着くんだ」 「……自分が死んだ場所なのにか」 「逢引きっていうの? そういう場所でもあったじゃん」  大切な思い出の場所だ。 「……会いたかった」  清野の言葉に、俺も頷く。  会えないと思っていた。でも会えた。会いに来てくれた。  会いに……。あれ、そういえば、どうして俺の居場所が分かったんだろう。高校名から、この島の住人であることはすぐに分かるだろうけど。 「俺がここにいるってよく分かったな」 「蒼の親父さんに聞いた」 「親父!? 家に行ったの? っていうか、なんで家を知ってるんだよ」 「フェリーを降りるときに、受付の人に篠田蒼を探してるって言ったら住所を教えてくれた」  この島に個人情報はあってないようなものだ。それに今、俺は島の有名人であり子供たちのヒーローでもある。 「遅くなって悪かった。甲子園の決勝が終わったらすぐに会いに行こうとしたんだ。でも全日本に選ばれて、すぐにアメリカに行くことになって」  前世で恋人だった女とそっくりな「篠田蒼」という存在に清野が気づいたのは、あの新聞のスポーツ欄がきっかけらしい。『部員九人の夏!エース孤軍奮闘!』という記事はネットニュースにもなっていたらしく、そちらには俺の写真が掲載されていたという。 「ニュースを見たときは信じられなかった。すぐに会って確かめたかった。今日、やっと帰国したんだ。もう待てないと思って、空港に迎えにきた顧問を振り切ってここに来た」  それは不味いんじゃないだろうか。 「大丈夫なのか?」 「かなりキレられたけど平気だ」  それが全然、平気ではないんじゃないだろうか。 「島にはホテルとかもないし、俺の家に泊まってもらうことになるけど」 「そういえば、なんか親父さんが魚を釣ってくるって張り切ってたな」 「え?」 「俺のこと知ってたみたいだ」  もちろん前世の清野ではなく、現在の清野宗篤のことだ。 「まぁ、親父は高校野球が好きだし。お前はプロ注で有名人だし」 「なんか、試合の話とかプロに行くこととか聞かせてくれって言われたよ」 「マジかよ」  酔っぱらって上機嫌になり、清野に絡む親父の顔が目に浮かぶ。 「……ていうかさ、よく俺だって分かったよな。性別変わっちゃってんのに」 「顔、そのまんまだったぞ」  前世の俺が男顔の女だったのか、今の俺が女顔なのか。よく指摘されるのは童顔であることと、「ナルコメ君」に似ているということ。 「ナルコメ君でごめんな」  美形の清野を前にして、ついそんな言葉が口から漏れた。 「なるこめ……? なんだ?」  どうやらピンと来ないらしい。味噌の会社のキャラクターだと言ったら理解したようで、「ああ、似てるな」と言いながら清野が笑った。  笑顔の清野の背後には、夜空が見える。星がきれいだなと思った。その瞬間、あのときと同じだということに気づいて涙が溢れた。  同じ夏の夜。川のせせらぎ。虫の声。でも、あのとき泣いていた清野に涙はなかった。急に泣き出した俺を心配そうに見つめている。  マメだらけの清野の手が俺の涙を拭う。前世では、こんな手をしていなかった。同じように逞しい手だったけど、違う。  そういえば、前の俺はこんな風に泣いたりしなかった。いつも強がってばかりで、素直に甘えることが出来なかった。  同じ二人だけど、少しだけ違う二人だから、今度は生きて幸せになれる。そんな風に思った。 <了>
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加