今日の試合も心中します

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 夏の日差しにジリジリと焼かれる。俺はマウンド上でゆっくりと帽子を脱いだ。滴り落ちる額の汗をユニフォームで拭う。笑顔がトレードマークだと言われる俺だが、さすがにこの場面では笑えない。  9回裏、2対1。  あと1アウトを取ればゲームセットだが、塁はすべて埋まっている。満塁だ。勝っているけれど絶体絶命。サヨナラのピンチ。 「タイム!」  俺の顔色を察したのか、ベンチから伝令係が飛び出してきた。それを合図に内野手たちがマウンド付近に集まってくる。 「……監督、何て?」  俺の問いに、青白い顔の伝令係が眼鏡を押し上げる。  彼は普段、科学部に在籍している俺の友人だ。9人しか部員がいない野球部のために、伝令係として大会に参加してもらっている。ひょひょろ体型ゆえ、ユニフォーム姿はまるで様になっていない。 「頑張れって言ってる」  眼鏡を押し上げながら、指示といえるのか微妙な監督の言葉を皆に伝える。 「何だよそれ」  メタボ体型にぎりぎり達しない一塁手がグラウンドの土を蹴る。 「しょうがないよ。監督はただの社会科教諭だから」  俊足だが盗塁技術はイマイチな二塁手が、野球未経験者の監督を庇う。 「つうかさ、相手チームせこくね? 思いっきり振らずにカットばっかしてくんじゃん」  野球部なのに長髪という、古い価値観に真っ向勝負を挑む遊撃手が相手ベンチを睨む。 「そういう作戦なんだろう。蒼に球数を投げさせて、疲れさせたいんだ」  キャプテンでもある三塁手が、昨今の高校野球界のテーマである酷使と球数制限問題を完全に無視した相手チームの作戦を分析する。 「俺、見た目よりはスタミナあるつもりなんだけどなぁ」  そう言いながら左腕をぐるぐるまわす背番号1のエース、つまり俺は、チームメイトより頭ひとつぶん小さい。 「(あお)、頼むぞ」 「あと1アウトだから」 「これに勝ったら決勝へ行けるんだぜ」 「決勝に勝ったら甲子園だ」  期待の目で見られて、俺は「うーん」と唸る。頑張りたい気持ちはある。たぶんだが、ここにいる誰よりも俺自身が一番、甲子園へ行きたいと思っている。でも、だ。 「お前ら、好き勝手なこと言ってないでちゃんと守れよ。蒼を助けてやれ」  キャッチャーマスクを外しながら、四番打者である強肩捕手が皆に喝を入れる。  俺は「まぁまぁ」と言いながらも、さすがは俺の女房役だと感心した。正直、内心では同じようなことを思っていた。  三塁ランナーが出塁したのは、ボテボテのゴロを弾いた三塁手のエラーだった。二塁ランナーは二塁手のエラー、一塁ランナーは一塁手のエラー。1点を失ったのは、遊撃手が平凡なフライを落球したせいだった。  左腕をまわしながら、かなり疲労が溜まっていることを実感する。そろそろ限界かもしれない。しかし、控え部員のいない我がチームに二番手投手など存在するはずもなく。  俺は、ちらりとベンチにいる監督を見た。 「心中!」  監督が俺に向かって叫んだ。  どこで覚えてきたのか、野球用語だけは知っているらしい。  物騒な言い回しだが、エースと「心中する」というのは高校野球ではよくあることだ。  ピンチであっても交代はしない。どんな結果になろうがエースに託すという意味なのだ。託すも何も、控え部員がいないので最後まで俺が投げるしかないのだが。  俺は心中という言葉を聞く度ににドキリとする。自分にとっては特別な言葉だ。心臓がぎゅっと締め付けられる。  ふいに、『あいつ』の顔が頭に浮かびそうになって、俺は慌ててそれを振り払った。 「……よっしゃ。頑張りまーす!」  俺は帽子を被り直した。肩の力を抜いて、もう一度気合を入れる。心配そうな捕手の視線には気づかないふりをした。さすがは女房役だ。俺の肩の状態を察してるのだろう。  でも、ここで止めるわけにはいかない。絶対に甲子園に行きたい。甲子園に行けば、きっと会える。会いたいひとがいる。  会って、確かめたいことがある。  ランナーの気配に注意しながら、俺は捕手のサインに頷いた。マウンド上で、今さら観客の多さに圧倒される。地方大会の準決勝。自分たちの応援団は、早朝からフェリーに乗り、離島から試合のある本土の球場に駆けつけてくれている。  負けられない。そう思いながら、俺は思い切り腕を振った。
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