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決勝は0-0のまま、延長戦にもつれ込んだ。
疲労が限界を超えた俺は、12回の表にとうとう打ち込まれた。渾身の一球を完璧に捉えられ、白球が放物線を描いて場外に消えていくのを、ただ見つめるしかなかった。
勝ちたかった。信じてくれたチームメイトのためにも、応援してくれた皆のためにも勝って、甲子園へ行きたかった。甲子園に行って、一度でいいから清野と話をしてみたかった。
もしも甲子園へ行っていたら。俺は、あいつに何て声を掛けたんだろう。
「俺のこと分かる?」
清野に前世の記憶が無かったら、俺はただの自意識過剰な奴だ。超高校級と称される清野が、小さな島からやって来たへなちょこサウスポーなんて知るはずがない。
「実は前世で俺とお前って心中したんだよ」
それこそ頭のおかしい奴だと疑われかねない。逆の立場なら絶対にそう思う。
本土の球場から島へ帰るフェリーの中で、俺は叶うことのなかった「もしも」の話を、夢をみるみたいにずっと繰り返していた。
「良い試合だったなぁ……」
親父が酔って泣きながら決勝戦の動画を見ている。あれから二週間。甲子園の本大会も始まっているというのに、酔っ払い親父はひたすら地方大会での俺の雄姿を繰り返し視聴している。
島の人たちもそれは同じようで、未だに「頑張ったな」や「惜しかったな」と声をかけてくれる。最後の最後で勝てなかった申し訳なさはもちろん感じるが、あれが自分の実力なので仕方がない。
テレビに映る清野は、自分と同じ高校生だとは思えいほど大人びて見えた。画面越しにもオーラを感じた。バッターボックスに入る際の所作とか、ベンチから守備位置に向かうときの振舞いとか。
バッターボックスで構える清野がテレビ画面いっぱいに映し出された。ピッチャーを見据える清野が、まるで自分をじっと見ているかのような錯覚に陥る。
「一方的に俺が見てるだけなんだよな……」
ぽつりと頼りない声が漏れる。当たり前のことがすごく辛い。心臓がぎゅっと絞られるみたいに痛い。
清野はずっと無表情だった。ヒットを打っても、ホームランを打っても、決して表情を崩さなかった。
前世で俺に怒っていた彼。嫉妬に狂って泣きながら俺の首を絞めた彼。その彼はもうこの世界にはいなくて、今の清野は俺のことなんか知りもしないんだと思った。
結局、清野のチームである由良学院の優勝で選手権大会は幕を閉じた。清野は高校日本代表チームに選出され、アメリカへと旅立って行った。
俺はひたすら課題に追われる夏休みを過ごした。なんとなく進学はしたいと思っていたが、はっきりと自分の進路を決めたのは最近のことだ。
理学療法士になりたい。
スポーツ分野に関わることが出来る仕事だ。ほんのわずかでも清野が進む世界と近い場所にいたかった。
「なかなか未練がましい男だな、俺も」
おまけに執念深い。考えてみれば、前世でもその兆候はあった。一緒に死んで欲しいと迫るような情緒の持ち主だったのだ。
自分で言うのも何だが、かなりジメジメした奴だ。今の俺は多少さらっとはしていると思う。そう思いたい。アメリカにいる清野の情報を得たくてSNSを確認したり、ニュースサイトを頻繁にチェックしたりしているが、これは何というか、ファン心理のようなものだ。
だからセーフ。
「セーーーフ!!」
俺は叫びながら石ころを川に向かって投げた。家の近くに、心中した場所によく似た河原がある。勉強の息抜きにちょうど良いので、最近は毎日のように河原に来ている。
「うん、調子は良い」
左腕をぐるぐる回す。酷使が祟って悲鳴をあげていた利き腕だったが、今ではすっかり万全の状態に戻っている。
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