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ふと、外の歓声が突然やんだ。
見ると、一人の女子生徒が集会の中に割り込んでいった。ものすごい剣幕で怒鳴り散らすわけでもなく、何か祈るように彼女が語り始めたその瞬間に、それがたった一人の女の子にも関わらず、連中はたじろいで散り散りになり始める。
さながら一騎当千の彼女の姿に、言葉に、僕は嘆息する。
まさに、福音。
その様子を見て出て行こうとすると、背中に温かい重みを感じた。
「……何ですか?」
「行かないで。彼女はやめておきなさい」
僕を後ろから抱きしめて、先輩は甘ったるい声で言った。
「どうして?」
「私が、あなたを好きだからよ」
茶番のような告白と、その言葉の軽さにうんざりして、僕は言い返した。
「それも、メフレグですか?」
ははっと、先輩は笑ってひらひら手を振った。
「かもね」
僕は何も言わずに教室を出た。
駆け足で階段を降りてグランドに飛び出すと、もう彼女によって集会が解散させられたところだった。
黒い、長い髪をかきあげて振り返った彼女の顔を見て、息が止まった。
全ての人をとりこぼすまいと開かれた大きな瞳、長いまつげ、言葉だけで連中を退けたとはとても思えない小さな唇。全てがきれいで、尊くて、僕は思わずその名をこぼした。
「理恵」
「雪……」
彼女が泣きそうになっているのが分かる。それと同時に、とても怒っているのを。
理恵は落下した男子生徒のそばに行って、屈みこんだ。そのまま、そっとその頭をなでる。手に血がつくのもお構いなしに。
「また、死んじゃった……」
自分が殺してしまったかのように呟く理恵に、僕は淡々と一言。
「そうだね」
「また、守れなかった」
「やめろよ」
僕は理恵のそばに行って、その頭に手を置く。
「彼は自分から望んだんだ」
自殺、そういうことだろう。今時の流行じゃないか。
「メフレグは伝染する。だから……」
「それでも、」
理恵は立ち上がって、僕を見据えた。その指先からゆっくりと血のしずくが滴り落ちる。
「私は、守れなかった」
大きな瞳には涙がたまっている。もしも、君が彼を守ったとしても、それが「救い」にはならないかもしれないというのに。一切を捻じ曲げてでも、君は。
「帰ろう」
僕はできるだけせいいっぱい笑った。僕にできることなんて、それくらいのものだ。
「そうだ、帰りにアイスおごるよ」
壊れた世界の、狂った季節の、崩れた国の、腐った街の、歪んだ日常である。
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