交差点の向こう

2/12
前へ
/21ページ
次へ
 ふと、外の歓声が突然やんだ。  見ると、一人の女子生徒が集会の中に割り込んでいった。ものすごい剣幕で怒鳴り散らすわけでもなく、何か祈るように彼女が語り始めたその瞬間に、それがたった一人の女の子にも関わらず、連中はたじろいで散り散りになり始める。  さながら一騎当千の彼女の姿に、言葉に、僕は嘆息する。  まさに、福音(ゴスペル)。  その様子を見て出て行こうとすると、背中に温かい重みを感じた。 「……何ですか?」 「行かないで。彼女はやめておきなさい」  僕を後ろから抱きしめて、先輩は甘ったるい声で言った。 「どうして?」 「私が、あなたを好きだからよ」  茶番のような告白と、その言葉の軽さにうんざりして、僕は言い返した。 「それも、メフレグですか?」  ははっと、先輩は笑ってひらひら手を振った。 「かもね」  僕は何も言わずに教室を出た。  駆け足で階段を降りてグランドに飛び出すと、もう彼女によって集会が解散させられたところだった。  黒い、長い髪をかきあげて振り返った彼女の顔を見て、息が止まった。  全ての人をとりこぼすまいと開かれた大きな瞳、長いまつげ、言葉だけで連中を退けたとはとても思えない小さな唇。全てがきれいで、尊くて、僕は思わずその名をこぼした。 「理恵(りえ)」 「雪……」  彼女が泣きそうになっているのが分かる。それと同時に、とても怒っているのを。  理恵は落下した男子生徒のそばに行って、屈みこんだ。そのまま、そっとその頭をなでる。手に血がつくのもお構いなしに。 「また、死んじゃった……」  自分が殺してしまったかのように呟く理恵に、僕は淡々と一言。 「そうだね」 「また、守れなかった」 「やめろよ」  僕は理恵のそばに行って、その頭に手を置く。 「彼は自分から望んだんだ」  自殺、そういうことだろう。今時の流行じゃないか。 「メフレグは伝染する。だから……」 「それでも、」  理恵は立ち上がって、僕を見据えた。その指先からゆっくりと血のしずくが滴り落ちる。 「私は、守れなかった」  大きな瞳には涙がたまっている。もしも、君が彼を守ったとしても、それが「救い」にはならないかもしれないというのに。一切を捻じ曲げてでも、君は。 「帰ろう」   僕はできるだけせいいっぱい笑った。僕にできることなんて、それくらいのものだ。 「そうだ、帰りにアイスおごるよ」  壊れた世界の、狂った季節の、崩れた国の、腐った街の、歪んだ日常である。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加