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交差点の向こう
「もしも、この世界が捨てられた赤ん坊のような存在だったらどうする?」
放課後の教室で、赤井先輩はいつもの間延びした声で呟いた。
ずれた赤フレームのめがねを直そうともせず、真っ赤に染めた髪の毛をぐりぐりと指に巻きつけて、窓際の机に腰掛けて赤井先輩は他人事のように窓の外の景色を眺めている。
「もともとは生むつもりなんてなかった世界だけど、神様同士がうっかり一夜を過ごしてできちゃって、捨てられてしまった子供、みたいな感じだったらどうする?」
教室には、僕と先輩以外の誰もいなかった。ここは生徒が激減したおかげで空き部屋になり、それを都合して貸してもらってる部室だった。先輩の気の抜けた声は、この殺風景な部室の天井でシャボン玉みたいに割れて消えた。僕は何も答えずに、隣の机に腰掛けて、同じように外の景色を見た。
ちょうど、窓を大きな影がよぎった。
男だった。同じ学校の制服を着ていた。悲鳴のような、歓喜のようなよくわからない調子で絶叫しながら、彼は頭から学校のグラウンドに落ちた。
真っ赤な血の花が、そこに咲いた。
グランドを囲んでいた生徒たちは、みんな歓声を上げた。何人かの手には、「自己破壊せよ」との見慣れた決まり文句が刻まれた垂れ幕が掲げられていた。
この状況を作り出した先輩は、悪魔のように冷静に、静かに、気ままに、この景色を眺めている。
「ねぇ、雪」
先輩が僕の耳元で、僕の名前を呼んだ。
「この世界が。そんな世界だったら、どうする?」
吐息が耳にかかる。僕は目を閉じて小さく答えた。
「別に、ただ」
「ただ?」
「それでも生きるだけですよ」
くすっと微笑んで、それからこらえきれなくなったのか、先輩は大笑いした。
「あははははは。それで、メフレグ研究会の副部長なんだから笑っちゃうわ」
「副部長になった覚えないんですけどね。それに、僕を選んだのは、部長である先輩ですよ」
「ああ、そうだった」
「忘れてたんですか? あれほどしつこくねだってきたのに」
「良いのよ」
先輩はへらへらと笑う。
「それもまた、メフレグよ」
空を仰ぐ。そこには、太陽と、それを突き刺そうとする十字の巨大な剣が浮かんでいた。
世界が壊れてから、もう二年が経とうとしている。
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