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あなたを観察したいのです
庭の桜の花が散り、樹々の若葉の匂いのする心地よい初夏のある日、櫻子は窓の外を見つめながら「あの人はいいわ、あの人はダメね……」とブツブツ呟きながらペンを動かしていた。
「櫻子、入ってもいいかしら?」
せっかくのお愉しみの途中だというのに、突然ノックされた自室の扉。
櫻子は小さなため息を吐きながら、手にしていたペンとノートを静かに机に置いてから、自ら扉を開けた。
「まったく、こんなにいい天気なのに何をしているの?」
「ぼんやりと庭を眺めていたの」
櫻子は涼しい顔で嘘を吐いて、七歳年上の姉の清子を見つめた。
すっかり忘れていたが、今日は久しぶりに彼女が来ると父親から聞かされていた。
二年前に従兄と結婚をした清子は、現在ニューヨークに住んでいて、会うのは半年ほど振りだ。
清子とは歳も離れていることもあり、喧嘩などすることはなく良好な関係である。
また、八つ上の兄もいて、櫻子は末っ子だった。
「櫻子は本当におっとりしているわね。たまにはお友だちと出掛けてみたら?」
「そうね、ただ暑くなってきたし休日くらいぼうっとしていたいの」
櫻子はまた涼しい顔で嘘を吐く。
清子はそんな彼女を見て「相変わらずね」と、ふんわりと笑った。
清子は目鼻立ちのはっきりとした美人で、ほんの短い期間だが過去に雑誌のモデルをしていたこともあるほどのスタイルの持ち主。
美しい見た目から冷たそうにも見える表情は、笑うことで一気に親しみやすい雰囲気に変わる。
「パパが呼んでいるのよ、一緒に下におりましょう」
マイペースな性格だと認識している櫻子を急かすことなく、清子は穏やかな目で彼女が動くのを待つ。
「まだ着替えてもいないの、後から行くから先におりていてくれる?」
櫻子は朝食を食べた後すぐに部屋に引っ込み、今の今まで趣味を満喫していたので、まだパジャマだった。
お願いと眉を下げて見つめると、「仕方のない子ね、わかったわ」と清子は小さく笑いながら、部屋を出ていった。
それを見送った櫻子は、机の一番上の引き出しにノートを仕舞い、しっかりと鍵をかけた。
絶対に誰にも見つかってはいけないものなので、きちんと閉まっているか確認まで怠らない。
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