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黄と共に一階の居間に行くと、父が櫻子に視線を向けておいでと目配せをした。
櫻子は言われた通りに、父と同じソファに腰を下ろす。
向かいのソファには清子と夫の洋がいたので、「洋君、おかえりなさい」と声をかけると、彼は「ただいま、お邪魔してるよ」と微笑む。
「櫻子はまた部屋で外を見ながらぼんやりとしていたんだって?」
父が穏やかな目を向けて、櫻子の髪をさわさわと撫でた。
櫻子の母は彼女が十歳の頃に亡くなっていて、父はそれからというもの黄の手伝いを借りながら子供たち三人を育ててきた。
そのため、少々過保護な面があり、いまだに小さな子供のように櫻子の頭を撫でてくるのだ。
「清子姉さん達が来ているというのに、遅くなってごめんなさい」
すっかり二人が来ることを忘れていたとはとても口にできない。
櫻子が眉を下げて言うと、父は大丈夫だと優しい笑みで返す。
父は櫻子に大変甘いのである。
しょんぼり顔はお手のものだった。
「外に何か楽しいものでも見つけたのかい?」
「……庭に蝶々が来ていたの。それを追っていたら時間が経っていたわ」
真っ赤な嘘である。
櫻子は内心冷や汗を掻きつつ、淡々と答えてみせた。
「櫻子はいつまでも可愛らしいね」
父がうっとりとした目を櫻子に向けるので、若干の罪悪感を感じるが、彼女のお愉しみを知って幻滅させるよりはいいだろう。
櫻子が曖昧に笑うと、洋も「昔から櫻ちゃんは変わらないね」と言ったので、それにもはにかんでみせた。
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