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神楽の前夜には雨が降り、そして雨が上がる。
その日。綾子がどんなに舞っても、水の恵みは訪れなかった。
当代の巫女による神楽が成立しなかったのは、はじめてのことである。
その年はいつになく不作で、暮らしは困窮を極めた。
守護龍と巫女が去った地に水の加護は遠ざかり、やがて地は干上がった。川も枯れた。
どこからともなく、水上の所業は知れ渡る。
これまで巫女として舞っていたのは、隠されて育った妹のほうであったこと。
その妹がついに夜逃げし、綾子にとって、あれが生まれてはじめての祭事であったこと。
信頼を失った天沢と水上は地位を追われ、知らぬ間に家人らは行方知れずとなる。
彼らがどうなったのかは、伝えられていない。
二家が去ったあと、宮司は洞窟の祠を訪れて詫び、祈願する。
翌年。洞窟から水が湧き、川の水嵩は高くなり、祭事の前夜には雨が降り、夜明けとともに雨は上がった。
見上げた空に走る雲は、龍の形をしていたという。
これは、小さな集落に伝え残る「龍の嫁取りの物語」である。
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