龍の嫁取りの物語

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 今年も神事の季節がやってきた。  この時期はいつも雨が降り、神楽前夜に禊をおこなうと、不思議と雨が上がる。  龍が長雨を呼び、巫女がそれを晴らすという。  この地域に伝わっている物語に『龍の嫁取り』というものがあるが、それはこの現象のもとになったのではないかといわれている。  不浄により力を失い、地へ落ちた龍は涙を流す。その涙は濁流となって田畑を押し流し、荒れ地となった。  龍の事情など知らず、天の怒りを買ったのだと恐れる民を代表し、ひとりの巫女が単身で龍のもとへ赴く。その身を差し出し怒りを鎮めていただこうと考えたのだが、龍の病を知り、献身的に看病した。穢れを祓った。  やがて力を取り戻した龍は娘に愛を乞い、結ばれたふたりはともに天へ戻る。  彼らの加護により、土地は豊かとなり、豊穣の地として栄えた。  そんな物語である。  禊をおこなう洞窟は、病に罹った龍がこもった場所。  流れこむ川は龍の流した涙のなごり。  天沢の土地であるそこは、すべてのはじまりの地であるらしい。  もちろん、ただの言い伝えだし、御伽噺などそんなものだろう。その土地ならではの、ありがちな民間伝承であったとしても、当事者である天沢や水上にとっては都合よく自分たちを上に置けるものだから、利用できるに越したことはない。  良き上位者であればそれでよいのだろうが、私腹を肥やすことばかり考える者に従う民はいないだろう。天沢はすこしずつ衰退しており、かつての威光を失いつつある。  対して水上は、巫女の神事という目に見える祭事の要だ。形骸化しつつあった神事も、綾子の代となってからより天候に恵まれ、農作物の収穫量もあがり、暮らしは以前よりももっと豊かになった。天沢よりも水上の名がもてはやされるようになっており、両親はほくそ笑んでいる。  綾子が天沢家に嫁入りすることで、次代の天沢家当主は水上の子となる。  事実上、水上の天下がやってくるのだ。
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