龍の嫁取りの物語

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 すすり泣く私の耳に届くのは、天井から滴り落ちる水の音と、降り始めた雨の音。  やがてそこに足音が近づいてきて、私は母が戻ってきたのかと思い顔をあげる。しかし立っていたのは、銀色に輝く長い髪の男のひと。  どう考えても不審である。  しかし私は隔離されて育っており、『普通』を知らなかった。  食事を運んでくる老婆と似た髪の者だとしか思わず、さしたる抵抗もなく受け入れたのだ。 「どうしてこのような場所におるのか」 「ななつのみこはじめ」 「ではおまえはミズカミの子なのか」 「お兄さんは、どうしてここにいるの? お兄さんもミソギなの?」  問うた瞬間、私は盛大なくしゃみをした。そうすることで、お兄さんは私が濡れ鼠であることに気づいたようで、さらには足枷がなされていることにも驚き、憤っていた。  鎖を外そうと手をかけ、諦める。  当然だ。ひとの手で千切れるようなものであるわけがない。そのかわり、私を抱えて膝に乗せ、腕の中に囲った。  背からじんわりと伝わってくるぬくもり。  私の小さな両手をお兄さんが握り、熱を与えるように撫でさすった。 「なんと愚かなことを」 「おろか?」 「禊とは、このようなものではあるまいよ。幼子(おさなご)をこのように苦しめては、さらに不浄を溜めるばかりではないか」 「ふじょう?」  当時の私はとことんまで物知らずだった。  問いかけに対して、お兄さんはひとつひとつ答えてくれた。  私が天沢と水上についてはじめて学んだのは、両親からではなく、お兄さんからだった。
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