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天沢康臣というのが、綾子の許嫁の名。
私が七つのときに出会ったタツオミさまが、天沢家の御曹司そのひとではないのだということを知ったのは、巫女はじめの儀を終えて家に戻ったあと。
儀式を終えた水上の巫女として顔を合わせた許嫁は、昨晩のひとではなく黒髪の少年。声も姿も振る舞いもまったく異なり、不遜で我儘な、まるで姉を男にしたかのような気質の少年だった。
天沢の男児には『臣』の字を充てる習慣があるという。
神の臣下としてこの地におりた龍の子の名を賜り、引き継いでいる。
それはすなわち、私が出会ったタツオミさまも、天沢の男であるということではないだろうか。けれど彼の姿は天沢家のどこにもない。
やがて私は推測に至る。
つまり彼もまた『隠された者』なのではないかと。
あの銀色の髪。神がおわす洞窟という神秘の場所で見た幼い私の目に眩く映ったあの色は、色の抜けた白髪であったのだろう。彼の体は随分と痩せ細っていた。
外国の書物で読んだことがある、色を持たずに生まれてしまう子ども。
それが彼だったのだとしたら。
私以上に秘匿され、閉じ込められているとしても不思議ではない。
タツオミさまはいらっしゃるだろうか。生きておいでだろうか。
姉に代わって天沢家を訪れる私は、いつもそうして姿を探した。
天沢様の視線や態度がどんなに不快であろうと、タツオミさまとのつながりが絶たれるよりはましだから。
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