2 暴君聖女

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「ですが……」 「俺の世界にだって、戦争や紛争はあって毎日人が何人も死んでたよ。けどそれはその国が抱えた事情であって、俺はラッキーにも平和な国に生まれてたけど、それでも日々の生活があって苦労があって、俺なりにめっちゃ大変な思いしながら生きてたんだよ」 「はい」 「そういうの全部、奪っといて、いきなりお前らのために戦えとか、そんなん簡単に通じると思ってんの?」 「まったくそのとおりでございます」 「お前らがやったのは誘拐。そして監禁。俺らの世界だったら警察に逮捕されるよ。弁護士に頼んで謝罪と慰謝料を請求するレベル」 「はあ」  いささかわかりづらい単語が散見されたが、多分、謝って賠償金を払えと言うことなのだろう。 「申し訳ございません。それにつきましては、この国より正式な謝罪をさせていただくことも可能でございます」 「謝られても、帰れねえんだったら意味ねえだろ」  うんざりした顔で、テーブルに突っ伏す。 「はー……。仕事放り出して、マンションそのままで……誰とも連絡取れねえで……俺、死んだことになった」  チレは返す言葉がなかった。 「冷蔵庫のプリン……ゲームの課金……読みかけのウェブ漫画……サブスクの契約……」  両手の間に顔を埋めて、意味不明の呟きをもらす。 「スマホも使えねえで、どうやって生きてきゃいいんだよ」  声には絶望的な響きがあった。  それを聞いていると、申し訳なさで一杯になって、チレはしおしおとうなだれた。 「まことに申し訳ございません」  自分ひとりが謝罪して、どうなるものでもなかったけれど言わずにはおれなかった。 「確かにあなた様が仰るとおりでございます。我々は自分たちの利益のために、何も知らない異世界の方を、無理矢理に誘拐し、そしてここで死ぬまで働くことを強要するのでございます。そのことに、我々は今まで大きな罪を感じながらも聖女様の正義感と優しさに甘えきっておりました」  心からの釈明に、聖女が目だけをあげてくる。 「謝るくらいなら俺を戻せよ」 「……」  言葉につまるチレに、はあ、とため息をつく。 「俺はただのサラリーマンで、そんな魔物退治なんてやったことねえし、やる気もねえし。何とかして帰る方法を考えるわ。こられたんなら、帰るのだって不可能じゃないはずだ」  そう言って立ちあがる。 「それに、俺は男だから聖女じゃねえしな」  投げ捨てるように呟くと、男は椅子を蹴って部屋を出ていった。
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