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3 聖女の事情
***
チレが住むのは、広い大陸から突き出た半島の先端にある、エクレシア・カテドラリスと呼ばれる召喚神殿である。ここでは三十人の神官と召喚師、そして召使いらが暮らしていた。
前代の聖女が寿命を全うし、この世を去ったのは八年前。それから毎日、召喚師らは欠かさず召喚の祈りを行ってきた。
次代の聖女を心から待ち望み、皆で強く願い、その甲斐あってついに次世代聖女は降臨した。のだが――。
「聖女様、おやめくださいまし」
「どうかお許しをっ」
書庫での大騒ぎを聞きつけ、チレが急いで向かってみると、そこでは聖女が大暴れしていた。
本を棚から数冊一気に抜き取っては、床に放り出している。
「い、一体、何を」
驚愕するチレに、横にいた神官が説明した。
「帰還方法を我らに調べろとおっしゃられてます」
「……何という」
チレは本を抱えた聖女の腰元にすがりついた。
「聖女様、どうかおやめくださいまし」
「うるせえ。早く探し出せ。見つけるまで全員外に出るな」
聖女はチレを引きずったまま書庫を出て乱暴に扉をしめた。中では神官らが泣きべそで本をめくっている様子だ。
「神官らを解放してください」
「ダメだ」
男は身体をブンッと捻ってチレを引き離すと、コロコロ転がるチレをおいて、「次は召喚師に問いただす」と息巻いて去っていった。
「聖女様……帰還方法は見つかりません……。誰も知らないのですから」
チレはローブに草の葉をつけて、悄然と呟くしかなかった。
「聖徒チレ・ミュルリよ」
ふいに背後から呼ばれて振り向くと、そこには神官長が立っていた。
「は、はい」
チレは慌てて起きあがった。
「此度の聖女様は、非常に扱いづらいお方のようであるな」
「まさにその通りでございます」
チレがお辞儀をすると、老神官長は深いため息をついた。
「このままでは王様にも国民にも聖女降臨を知らせぬことはできぬ」
「はい」
神官長が頭痛をこらえるようにして、額に手をあてる。
「役立たずの聖女を召喚したとあっては、召喚神殿の威信に関わるからじゃ」
「まことに仰るとおりです」
「聖徒チレ・ミュルリ。そなたは今まで四人の聖女様の世話をしてきた」
「はい」
「五人目も速やかに、立派な聖女として戦いの場に赴いて下さるよう説得するのだ」
「……」
どうやって? と疑問を覚えるもそれを神官長にたずねることはできなかった。多分神官長も知らないだろう。世話役の練達として長年働いてきたチレ以上に、異世界人の心理に詳しい者はここにはいないのだ。
「わかりました。最善の努力をいたします」
「努力はいい。結果を示しなさい」
「はい」
頭を垂れているうち、神官長は去っていく。ひとりになったチレは小さくため息をついた。
外はもう夕暮れだった。聖女降臨初日は、嵐のように目まぐるしくすぎようとしていた。
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