3 聖女の事情

1/2
前へ
/128ページ
次へ

3 聖女の事情

***  チレが住むのは、広い大陸から突き出た半島の先端にある、エクレシア・カテドラリスと呼ばれる召喚神殿である。ここでは三十人の神官と召喚師、そして召使いらが暮らしていた。  前代の聖女が寿命を全うし、この世を去ったのは八年前。それから毎日、召喚師らは欠かさず召喚の祈りを行ってきた。  次代の聖女を心から待ち望み、皆で強く願い、その甲斐あってついに次世代聖女は降臨した。のだが――。 「聖女様、おやめくださいまし」 「どうかお許しをっ」  書庫での大騒ぎを聞きつけ、チレが急いで向かってみると、そこでは聖女が大暴れしていた。  本を棚から数冊一気に抜き取っては、床に放り出している。 「い、一体、何を」  驚愕するチレに、横にいた神官が説明した。 「帰還方法を我らに調べろとおっしゃられてます」 「……何という」  チレは本を抱えた聖女の腰元にすがりついた。 「聖女様、どうかおやめくださいまし」 「うるせえ。早く探し出せ。見つけるまで全員外に出るな」  聖女はチレを引きずったまま書庫を出て乱暴に扉をしめた。中では神官らが泣きべそで本をめくっている様子だ。 「神官らを解放してください」 「ダメだ」  男は身体をブンッと捻ってチレを引き離すと、コロコロ転がるチレをおいて、「次は召喚師に問いただす」と息巻いて去っていった。 「聖女様……帰還方法は見つかりません……。誰も知らないのですから」  チレはローブに草の葉をつけて、悄然と呟くしかなかった。 「聖徒チレ・ミュルリよ」  ふいに背後から呼ばれて振り向くと、そこには神官長が立っていた。 「は、はい」  チレは慌てて起きあがった。 「此度の聖女様は、非常に扱いづらいお方のようであるな」 「まさにその通りでございます」  チレがお辞儀をすると、老神官長は深いため息をついた。 「このままでは王様にも国民にも聖女降臨を知らせぬことはできぬ」 「はい」  神官長が頭痛をこらえるようにして、額に手をあてる。 「役立たずの聖女を召喚したとあっては、召喚神殿の威信に関わるからじゃ」 「まことに仰るとおりです」 「聖徒チレ・ミュルリ。そなたは今まで四人の聖女様の世話をしてきた」 「はい」 「五人目も速やかに、立派な聖女として戦いの場に赴いて下さるよう説得するのだ」 「……」  どうやって? と疑問を覚えるもそれを神官長にたずねることはできなかった。多分神官長も知らないだろう。世話役の練達として長年働いてきたチレ以上に、異世界人の心理に詳しい者はここにはいないのだ。 「わかりました。最善の努力をいたします」 「努力はいい。結果を示しなさい」 「はい」  頭を垂れているうち、神官長は去っていく。ひとりになったチレは小さくため息をついた。  外はもう夕暮れだった。聖女降臨初日は、嵐のように目まぐるしくすぎようとしていた。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!

123人が本棚に入れています
本棚に追加