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聖女のための居室にいくと、彼は窓辺にある長椅子に寝そべっていた。そろそろ夕食の時間だ。きっとお腹が空いているだろうと近よっていけば、くうくうと寝息を立てて眠っていた。さすがに疲れたらしい。
チレはそっと、その寝顔を見おろした。
――きれいな顔をしたヒトだ。
そう、感じた。
異界人は皆、獣毛が生えていなくて皮膚はつるつるで、頭の天辺にだけふさふさした毛が生えているだけなので一見すると非常にみっともない。身体も縦に細長く、手も足もひょろっと伸びている。
顔の造りもルルクル人とは異なっていて、目は大きく、鼻はシュッと高く、口の周りは赤くふっくらとしている。
初めて異世界人を見たとき、チレは変な容姿だなあと思ったものだったが、長年のつきあいで見慣れてくると、段々不自然さも消えて次第に愛着もわいてくる。今では異世界人の中でも、美しいヒトとそうでもないヒトが区別できるほどになっていた。もちろんそれはチレの中での勝手な判断基準なのだが。
しかしこのヒトは、その基準の中で、一番整った容貌をしていると思われた。目の形が魅力的で、そこに引きこまれるような不思議な力がある。
性格はとてつもなく扱いづらいけれど。
聖女は片手をだらりと椅子の下にたらしていた。その先の床に、彼が肌身離さず持っている鋼の板――すまほがあった。きっと眠りに入ったときに手から落ちたのだろう。
チレはすまほを拾いあげた。ずしりと重い板は、チレが手にすると、急に光を放った。
「……ぁ」
水面に映し出すように、くっきりと、夜の街が出現する。まるで、そこに沈んでいるかのように。
驚いて思わず取り落としそうになった。それを掴み直す。
あらわれた街並みはとても美しかった。建物が高く聳え、色とりどりの光が宝石をちりばめたように輝いている。
――きれいな世界だ。
聖女の住む世界は、ここよりもずっと文明が進んでいることは知ってたけれどこれほど華やかだとは。
こんな夢のような場所が現実にあるなんて。このような世界に住んでるのなら、さぞやこの地は質素でみずぼらしく目に映ることだろう。
――だからあんなにも帰りたがるのか。
チレの心がぎゅうっと絞られるように痛んだ。
何ということをしてしまったのだろう。我々は、自分らの生活を守るために、この方の幸せを奪ったのだ。
もちろん、歴代の聖女に対しても、この国は同様のことをしてきた。家に帰してと泣いてばかりの聖女もいた。けれど皆、神官と世話役の粘り強い説得により、最後にはどうにか我らの願いを理解し、聖女として勇ましく立ってくださったのだ。
この方にも、どうにかして同じように悲しみを薄め、苦しみを鈍化し、そして新たな人生に何かしらの希望を持って、我らの世界に馴染んでいただきたい。
それはとても身勝手な頼みとわかってはいるけれど。
チレは脇にあるテーブルにすまほをおいた。しばらくすると表面は光を失い闇色となる。闇は彼の絶望を示しているようで、チレはひっそりとため息をついた。
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