1 聖女召喚

4/6
前へ
/128ページ
次へ
 聖女は整った顔を怒りにゆがめて答えた。 「何だよお前らは? これは何の冗談だ。ふざけんなよっ」  いきなり立ちあがり、神官長に食ってかかる。 「ここは一体どこだよ。なんで俺はここにいる? 急いでんだ俺はっ。早く元の場所に戻してくれ」  そう言うと、服の内側から薄い鋼の板を取り出した。手のひらほどの大きさの滑らかな板だ。それを指先で叩いて呟く。 「まずい、遅刻する」  そして周囲を見渡した。 「出口はどこだ」  召喚聖殿の入り口扉を見つけて、「あれか」とそちらに歩き出した。 「お待ちください。あなた様はもう、元の世界に戻ることはできません」 「はぁっ?」  聖女が振り返った。 「召喚されたのです。我らの魔術によって。ですから、もうニホンには帰れません」  聖女が胡散臭いものを見る目つきになる。周囲を睨め回し、壁や柱、天井などをしげしげと眺めて、口元を笑いの形にして言った。 「ユーチューバー?」 「はい?」 「何か、俺のこと、騙そうとしてる? テレビの撮影とか?」 「え? は、はい?」 「素人ハメて、オモシロ画像とか撮ろうとしてる? いやそんなん乗ってやるヒマはねえし。早く出社しないとまずいんだよこっちは。他の奴でやって。お願い」 「何のことでしょうか……」 「くそ、時間がない。今日は朝イチで会議入ってるし、その後はクライアントのとこいかなきゃなんねーんだ。駅どっちよ」 「ですから、ここから戻ることはできません」 「は。ふざけんでくれる?」  聖女はつかつかと両びらきの扉まで歩いていくと、乱暴に押してひらいた。すると、外の風がふんわりと流れこんでくる。その先に見えるのは、花の咲く中庭と、石塀と、遠くに広がる果てしない海だ。 「…………」  空は晴れ渡り、数羽の鳥が優雅に飛翔している。 「どゆこと?」  聖女が呟く。そうして、手をこめかみあたりに持っていくと、ゆるく何度か掻いた。 「知らん間に、バーチャル空間に突っこまれた? ……いやいや」 「現実でございます」  後ろで厳かに神官長が告げる。 「うそやろ」  美しい男の聖女は呆然と空を見あげた。 「うせや」  しばらくそうしていたが、ふいに踵を返してホールの中に戻ると、柱や壁を蹴ったり叩いたりし始めた。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!

124人が本棚に入れています
本棚に追加