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聖女は整った顔を怒りにゆがめて答えた。
「何だよお前らは? これは何の冗談だ。ふざけんなよっ」
いきなり立ちあがり、神官長に食ってかかる。
「ここは一体どこだよ。なんで俺はここにいる? 急いでんだ俺はっ。早く元の場所に戻してくれ」
そう言うと、服の内側から薄い鋼の板を取り出した。手のひらほどの大きさの滑らかな板だ。それを指先で叩いて呟く。
「まずい、遅刻する」
そして周囲を見渡した。
「出口はどこだ」
召喚聖殿の入り口扉を見つけて、「あれか」とそちらに歩き出した。
「お待ちください。あなた様はもう、元の世界に戻ることはできません」
「はぁっ?」
聖女が振り返った。
「召喚されたのです。我らの魔術によって。ですから、もうニホンには帰れません」
聖女が胡散臭いものを見る目つきになる。周囲を睨め回し、壁や柱、天井などをしげしげと眺めて、口元を笑いの形にして言った。
「ユーチューバー?」
「はい?」
「何か、俺のこと、騙そうとしてる? テレビの撮影とか?」
「え? は、はい?」
「素人ハメて、オモシロ画像とか撮ろうとしてる? いやそんなん乗ってやるヒマはねえし。早く出社しないとまずいんだよこっちは。他の奴でやって。お願い」
「何のことでしょうか……」
「くそ、時間がない。今日は朝イチで会議入ってるし、その後はクライアントのとこいかなきゃなんねーんだ。駅どっちよ」
「ですから、ここから戻ることはできません」
「は。ふざけんでくれる?」
聖女はつかつかと両びらきの扉まで歩いていくと、乱暴に押してひらいた。すると、外の風がふんわりと流れこんでくる。その先に見えるのは、花の咲く中庭と、石塀と、遠くに広がる果てしない海だ。
「…………」
空は晴れ渡り、数羽の鳥が優雅に飛翔している。
「どゆこと?」
聖女が呟く。そうして、手をこめかみあたりに持っていくと、ゆるく何度か掻いた。
「知らん間に、バーチャル空間に突っこまれた? ……いやいや」
「現実でございます」
後ろで厳かに神官長が告げる。
「うそやろ」
美しい男の聖女は呆然と空を見あげた。
「うせや」
しばらくそうしていたが、ふいに踵を返してホールの中に戻ると、柱や壁を蹴ったり叩いたりし始めた。
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