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顔色が悪くなり、挙動が不安定になる。そして、続くのは――。
「ありえんやろ! 俺を元の世界にもどせよっ!」
パニックだ。
この状況が一番厄介だと、チレもよくわかっている。こうなったら身を縮めて、大柄な異世界人の怒りが収まるのを待つしかない。
「今日は大事な打ちあわせがあるんだよっ! まだ資料も作ってないのに、間にあわなかったらどうすんだよっ。早く駅に戻せよっ。お前らクライアントが怒ったら責任とれんのかっ!」
周囲にある物を手あたり次第、掴んで放る。聖典、飾られた花や燭台、祭壇。神官らは悲鳴をあげて逃げ惑った。
「俺を戻せっ!」
「無理でございますっ」
離れた場所から訴えるも、まったく聞く耳を持たない。暴れる魔物のようになった聖女は、ホール内にある物を投げて回った。怒鳴って物にあたって、柱を殴って床を蹴る。皆は入り口扉の陰に隠れて、ブルブル震えながら怒りが鎮まるのを待った。
チレも皆の後ろから、聖女の乱暴な振る舞いに目をみはった。
これほど激しく怒りを爆発させる聖女を見るのは初めてだ。こんな怖ろしい異世界人は、今まで誰ひとりとしていなかった。この見るからに気性の荒い魔王のような人間が、果たして我らの国を救ってくれるのだろうか。
――無理かもしれない。
今回の召喚は失敗なのか。
しかし、もうこの魔人を元の世界に戻すことはできない。
神官らはヒゲをピクピクさせて怯えた。誰も口をひらかず止めにも入れず、ただ成り行きを見守っている。
やがて、暴れるだけ暴れて疲れがきたのか、聖女はハァハァと息を切らしながら動きをとめた。ゆらりと揺れたかと思ったら、どっかと床に倒れこんで大の字に寝そべる。
「……やべえ」
一言つぶやいて、そのまま静かになった。
「何と言ってるのでございましょう」
扉の陰から、神官のひとりがぽつりとこぼす。
「わかりません。あの聖女様の話している言葉は、半分も理解できません……」
ルルクル人は、揃って自分たちが召喚した暴君に恐怖した。
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