2 暴君聖女

1/4
前へ
/128ページ
次へ

2 暴君聖女

*** 「いいか、聖徒チレ・ミュルリ。今回の聖女様は、非常に気性の荒いお方のようである」  神官長が、聖女のために用意された部屋の外で、チレに言った。 「はい」  チレは両手を白いローブの前であわせて、神妙な面持ちでそれを聞いた。 「しかし、召喚してしまったからには、なかったことにはできない。あの聖女様に異世界に帰ってもらい、他の聖女様を召喚しなおすことは不可能じゃ」 「はい」 「だから、我々は何とかして、あの聖女様に機嫌を直していただいて、我が国を救うために協力してもらわねばならぬ」 「はい」  チレが恭しく頭をさげて同意する。 「聖徒チレ・ミュルリよ」  老年の神官長が、ピンク色の手を掲げて厳かに言った。 「そなたは聖女様の世話役として、代々の聖女様を何も知らぬ異世界の客人から、勇ましい光の戦士へと導いた輝かしき功績がある」 「有り難きお言葉」 「その才を生かして、此度の聖女様も、同様に優秀な光の戦士として我らの役に立つよう、一日も早く覚醒に至らしめよ」 「…………」  つまり、あの暴れん坊をお前が何とかなだめて戦士に仕立てろと言うことなのだな、とチレは理解した。 「わかったか」 「はい。わかりました」 「では、すぐに取りかかりなさい。救世軍は魔物との八年にも及ぶ戦いで疲れ切っておる。民は皆、新たな聖女様の出現を心待ちにしておるのだ。その責任は、そなたの肩にかかっておる」 「……」 「よく承知しておろうな。失敗すれば全責任はそなたが負うことになろう」  脅しのような言葉を最後に投げて、神官長は去っていった。  ひとり残されたチレは大きく息を吐いた。その拍子に長いヒゲがふるふると揺れる。  歴代聖女に『可愛いハムスターのお世話役』と評されたチレは、淡い栗色の獣毛、そして焦げ茶色の瞳を持つルルクル人だ。身長は異世界人の三分の一ほど、手足は短く、尻尾は丸い。  この世界に住む『人間』はすべて、このような見た目をしている。聖女いわく『ネズミやモルモットやフェレットみたいな人間たち』が、七つの大陸に分布して生活していた。その内、この大陸に住むのがハムスターに似たルルクル人だった。  そして、この世界は今、大きな問題を抱えている。  それを解決できるのは、異世界からきた聖女と呼ばれる異界人だけだ。  異界人は見た目も、生活習慣も、持っている知識も自分たちとはまったく違う。そんな異界人に、この国の現状を話して理解してもらい、住民を救うための手助けをしてもらう手引きをするのが、世話役の務めであった。  三度ほど大きく深呼吸をして、部屋の扉に手をかける。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!

125人が本棚に入れています
本棚に追加