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「お前らは確かさっき、魔術がどーの、召喚がどーのと言ってたが」
「はい」
「そんな意味不明なものは、俺は信じない」
テーブルに肘をついて、指先をチレに向ける。
「俺はきっと、地下鉄通路から出たとたん、事故にあったんだ。それか急に発作か何かに襲われて倒れた。それで今は生死の境をさまよってて夢を見てるんだ。そうとしか思えない。さっきの場所は死後の世界への入り口だったんだ。きっとそうだ」
自分に言い聞かせるようにブツブツ呟いて、また酒を呷った。
「てことはクライアントには連絡がいくから、約束は何とかなるとして、戻ったら資料を……」
話の途中で顔をあげる。
「おい、お前らは、俺はもう戻れないって言ったな」
「はい」
「はぁまじかよ。じゃあもう死んでんじゃん」
盛大にため息を吐いて、テーブルに突っ伏した。
この聖女のように、事故や病気のせいで意識をなくし今は夢の中だと思いこもうとした聖女は過去にもいる。
そう信じてくれれば異世界への未練も薄まり、こちらにしてみれば好都合だ。だがチレは嘘はつきたくなかった。いつかはバレることなのだ。
「いいえ。あなた様は生きておられます」
聖女が目だけをあげてくる。
「生きて、我らの召喚によって、この世界に召されたのです」
「召喚とか」
男は口元を歪めた。
「それ一体、何なん? 何で俺がそんな意味不なものに巻きこまれたん?」
「それはですね……、話せば長くなりますので、神官を呼んで詳しい説明をさせましょうか?」
「いやいい」
「え?」
「お前が話せよ」
「えっ」
「かいつまんで、一行で。面倒だから」
「ええっ」
チレは慌てて頭の中で整理をした。
「ええと……つまり、それは、……この世界には魔物が存在していて、それを退治するのが我らの力だけでは困難で、けれど異世界からやってくる聖女様の力があればたやすく退治できるため、我らは聖女様を召喚させていただくのです」
「はぁ?」
聖女は首を傾げた。
「じゃなに? 俺にその魔物とやらを倒せってこと?」
「そうでございます」
「えなんで俺がそんなことしなきゃなんないの」
「……」
「それって、そっちの事情でしょ。俺関係ないじゃん。ていうかお前らだけでも倒せそうじゃん。全然倒せないわけじゃないんだろ。だったら他人に頼るなよ」
「ですが、我らの戦力にも限界がありまして。このままでは救世軍は全滅し、この世界の住人は残らず魔物に殺されてしまうのです」
「それが俺に何の関係あるんだよ」
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