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恋をするなら。
手を繋いで、歩調を合わせて歩くような、穏やかな恋がしたい。
人を愛する時は。
胸の高鳴りを隠さず、怖がらずに、気持ちを寄り添わせたい。
芽生えた気持ちを育てて、育てて。
開いた想いを守って、守って。
小さくても、ひとひらでも花束にして。
あなたに届けば、きっと。実る。
……恋愛小説や漫画が大好きな私。こんなピュアなポエムみたいなものが、ふわふわと頭を駆け巡る。あまい。
家庭科で作ったクッキーを手に友達と廊下を歩き、教室へ戻る途中。後ろを歩く二人は小鳥みたいに囀ずっている。
「ね、知ってる? 三年生にすっごい怖い先輩がいるって」
「聞いたよー。目付き悪いし、口も悪くて、同級生とも喧嘩ばかり、って」
「今、ほとんど学校来てないらしいけど、たまに先生に呼び出されてるらしいよ」
「え、こわっ! ……ねぇ、知ってた? 見たことある?」
小鳥の囀ずりが私の方に向いてきた。私は熱心な先生にご丁寧にラッピングの指導までしてもらったクッキーの包みを持ち直しつつ、首を振る。
「聞いたこともないよ。二人ともお姉さんいるもんね、同じ学校に」
お互いの姉から聞いた話らしく、またピーチクパーチク鳴いているのをBGMに、曲がり角を曲がった瞬間。
大きな黒い人影が目の前に現れ、立ち止まる事もよける事も出来ずに私はぶつかった。お互いに勢いがあったのか、尻餅をつく。
痛みと衝撃が突き抜けていったあと、私は顔をあげた。
「ごめんなさい」
後ろの小鳥がギャーギャー鳴き出したのを、私はスルーするしかなかった。どうやらぶつかったのは、二人が噂していた"怖い先輩"その人だったからだ。
「……ごめんじゃねぇだろ」
低い声でそう凄まれて、不機嫌を隠そうともしないその鋭い目付きに睨まれて、小鳥なら小さな心臓がぴたりと止まってしまいそうだ。幸い私の心臓は小鳥よりも大きいので、止まりはしなかった。
ぶつかったのはお互い様だ。小鳥の囀ずりに辟易していたとはいえ、注意が散漫していた。でも、相手はどうだか知らないけど「ごめんじゃない」ということは、どういうことだろう。
尻餅のまま首をかしげる私を"怖い先輩"は煩わしそうに睨んだ後、先に立ち上がる。次の瞬間、手首を掴まれて引っ張りあげられた。
目を見開いたままだった私は、予想よりも近付いた先輩の顔を食い入るように見ていた。眉根を寄せて目を細め、唇は固く引き結び、奥歯を噛み砕かんばかりに噛み締めている、その表情。怖い怖いというわりには、整った顔立ち。
「……もしかして、目が悪いですか?」
「ぁあ?」
一瞬、見開かれた両目は、瞬時に逸らされる。小さな舌打ちは、たぶん私にしか聞こえなかっただろう。
「見てわかんだろうがよ」
「いや、視力の程は見ては分からないです」
首を振ると先輩は、あからさまに「何言ってんだ、コイツ」と顔に表した。
「目が悪いっていうのは、視力が低いのかなって、意味です。先輩が言っているのは、目付きが悪いっていう意味ですよね」
なんで"目が悪い"っていう表現をするんだろうなとは、昔から思っていたけど。視力が弱い、目が良くないとか……語弊ありすぎ。
「……なんで、わかった?」
掴まれたままの手首が捻りあげられている、ように見えるだろう。掴んだ力は確かに強いけど、肩もしっかりと支えられていて、かかとも浮いてない。社交ダンスのワンシーンのような立ち位置だ。エスコートされている。
「家族にも、いるので。そうかなと思っただけです」
そろそろ離してもらおうかと、片手を大きな胸板に当てようとしたとき。後ろの小鳥が羽をバタつかせるようにギャイギャイしだした。通りすがりの先生を見つけたらしい。……先生?
「あっ!! お前、またケンカかっ? おい、女子じゃないか! とにかく離れなさい!」
「ぁあっ!? うるせぇよ!」
そのまま先輩は連れ去られて行ってしまった。あの先生も先入観に囚われすぎじゃないだろうか。どこをどう見たら今のがケンカに見えるんだろう。
「あっ! クッキー、落ちてるよ」
「うわ、割れちゃってる……ぶつかったせいだよね? うぅ、怖かったぁ」
ピーチクする小鳥たちを横目に、拾ってくれたクッキーの包みを浮けとる。確かに、クッキーは割れてしまった。無事なのがあるかどうか。でもさ。
……クッキーが割れたのは、落としたせい。落としたのは、ぶつかったせい。
ぶつかったのは、誰のせい?
あの先輩だけのせいじゃないよね。私も不注意だったし。
「もしかして」
クッキーの包みを持ち直し、教室に向かって歩き出す。小鳥は尚も囀ずりながらついてきた。まるでクッキーのおこぼれを追うかのように。
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