超・妄想【届けたい○○】

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次の日。小鳥たちの囀ずりは、瞬く間にクラスに広がり、噂話として私の元に返ってきた。 「"あの三年生"に目をつけられて、脅されたって本当?」 「掴みあげられて罵倒されたって……怪我は?」 仲裁に入った先生が不登校になったとか、廊下の窓ガラスが割れたとか、屋上から植木鉢が落ちたとか、なんだかもうよく分からない話だ。あの子達も悪気があって話をしたのではないことくらいわかる。噂ってのは、そういうものだし。だから。 「問題ないよ」 私はこの一言しか喋らないことに決めた。面倒事はさける。 放課後、日直の仕事で遅くなってしまった。誰もいない昇降口。夕日が差し込んで、わりと嫌いじゃない時間。 いくつかある生徒専用出入口の、一ヵ所だけ施錠されていない入り口の側に、しゃがみこむ人影を見つけた。 広い肩幅にかかるくらいの明るい茶髪。制服のジャケットを肩にかけたワイシャツ姿。 「……下校時間、過ぎてますけど」 後ろから声をかけると、掬い上げるような睨み上げが返ってきた。間違いない、昨日ぶつかった先輩だ。 口を一文字に引き伸ばして、何も言わない先輩は、さっと顔を逸らした。あれ? 確かに昨日ぶつかった先輩だ。つまりみんなに噂されているあの"怖い先輩"だ。だけど、昨日と印象が違う。いや、顔は怖いし、態度は悪いし、目付きも……あ、それだ。 私の足は自然と先輩の隣に進み、膝を抱えてしゃがみこんだ。逸らされた先輩の顔を覗き見る。 「先輩、眼鏡かけてるんですね」 「っ!? な、ちがっ!」 驚いた様子で大きな身体を反らす先輩を、私は膝を抱えたまま眺める。違う? 慣れた手付きで眼鏡を外した先輩は、一度頭をかしむしるように髪の毛を乱し、凶悪な目付きで私を見た。 「……昨日、ぶつかったろ」 「え、はい」 覚えていたのか。もしくは見えていなくて、相手が誰だかわからなかった可能性もある。もしかして、今、眼鏡をかけて私の顔を確認した? 「……、……、……」 いや、結構至近距離で顔見たな。お互いに。引っ張りあげられた時に。だから確かめたくて眼鏡をしていた? 「手を引いて、立ち上がらせてくれて、ありがとうございました」 口をパクパクさせている先輩を見ながら、私は先に口を開いた。でも更に凶悪な顔つきになってしまい、少し戸惑う。何か言いたそうなんだけど。 ふと顔をあげると明るい夕焼けの空の向こうが暗くなってきている。今日は帰るか。 「……そろそろ、帰りましょうか」 立ち上がって、項垂れているような先輩の頭を見下ろした。綺麗に染められた茶髪だ。ほとんど金に近い。夕日を受けて少し赤く色付いているのが、また綺麗だった。 不意に、手首を掴まれる。昨日引っ張りあげられた時よりも、かなり、かなり優しい力加減で。 「昨日、掴んだところ、痛くないか」 ……うつ向いたまま、すごく小さい、蚊の鳴くような声で。気にしていた? 「俺は……加減が出来ない。だから」 「出来てますよね?」 確かに昨日掴まれた時は、痛いくらい強かった。実際手首、赤くなってた。でも今は。指先が震えるくらい、加減されている。 先輩の頭が動いて、立ったままの私を見上げた。眉を寄せて、目を細めて、不機嫌そうに。でもそれは、ただよく見ようとしているだけ。 「先輩、今日は学校に来てましたか?」 「は……? いや、さっき」 下校時間になってから来たのか。何しに来たんだろう。朝登校して、夕方下校するのが当たり前となっている私には、先輩の行動はわからない。規律、決まりに嵌め込まれている私から見ると、先輩の行動は自由だ。決まりごとに嵌め込みたい先生達から見れば、困り者だろう。 「ぁあ? 笑ってんじゃねぇよ」 低い声は怒っているから? いや、これは私の行動がわからず、戸惑っているから。ああ、そうか、先輩の悪いとこ、また見つけた。 目付き、顔つき、声色、態度、行動。 「言葉選び」 目付き、顔つきはたぶん眼鏡をかければ、ほぼ解決する。声色は声が低いのであって悪い訳じゃないけど、怖い印象。もっと、言葉を選ぶこともできただろうに。それに。 「言葉数が少ないんですね、先輩」 たぶん、誤解されまくる人なんだ。 きっと理解できる人が少ないんだ。 ……想いが、届きにくい人なんだ。 小さな舌打ちが、悔しそうに聞こえて。逸らした目線が、すがる先を求めてる。 「わりぃかよ」 謝ることも出来ず。寄り添うことも出来ず。心の内を表に出せない、不器用な一匹狼。 私はもう一度、先輩の隣にしゃがみ、膝を抱えた。逸らされた顔を見つめる。 「悪くないですよ」 悪いところばかり見られがちな先輩の、悪くないところ。 ちゃんと心の中では、反省してるし、後悔もしてる。表にあらわせないだけ。へたくそで、不器用なだけ。 そんなの可愛らしくて、愛しくなってしまう。
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