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次にやる事は新鮮なうちに鹿を下処理しなければならない。私と兄ジルベールは鹿を厨房近くの解体場まで運び、マーサも加わって鹿の解体を始めた。
「仕留めた時の血抜きは上手くいってる」
「さすがお兄様。じゃあ始める前に祈りを捧げましょう」
鹿の前で三人ひざまずき、両手を組んで祈りを捧げる。
恵みを与えてくれた神への感謝、私達にその命をもって生命力を与えてくれる動物への感謝を心から祈る。
初めて手伝った時は涙が溢れて何も出来なかったが、そのうちに何もしないことへの罪悪感が生まれてきた。尊い命を与えてくれた動物の全てを無駄にせず大切に扱わなくてはと。
解体の終わった部位を兄が燻製したり塩漬けにし、私とマーサは今日の分の肉を持って厨房へ向かう。
厨房のテーブルには瑞々しい野菜やハーブ、拾ってきた栗が置かれていた。
「玄関に置いていたものを奥様がここまで運んでくださったのですね。それにしてもお嬢様が育てたお野菜は本当に育ちが良くて、収穫した後も鮮度を保ちますね」
「マーサが美味しい野菜の育て方を教えてくれたおかげよ」
「そんな私は何も……。それに、栗も拾って来てくださりありがとうございました」
「昨晩の雨で沢山落ちてて拾うのが楽しかったわ」
ブーツの底が薄くて、栗を取るためにイガを踏むのはかなり苦行であった事は言わなかった。
マーサとこうして楽しく会話しながら料理をする。これが私の普段の生活。不満なんて何もない。むしろ幼い頃に貴族的な暮らしが僅かばかりあった時代よりも、しがらみもなく自由で楽で、陰口も聞かずに済み、今の方が健康的で充実しているかもしれない。
この先、兄が運よくお嫁さんを迎え入れた時には、私は修道院に入ろうと思っている。貴族の家に嫁げるだけの持参金なんてないわけだし、それが妥当だろう。
我が家のディナーはワンプレート形式である。大きめの一枚の皿に今日の恵みの鹿肉のステーキや焼き栗、蒸し野菜などを乗せている。
銀の食器は全て売って一枚もないし、残っている陶器の食器も割らないために必要最低限の枚数で食事をしている。その方が洗い物も減って良い。
我が家は貴族であって、暮らしは貴族ではないので、食事には使用人のマーサも加わって五人で頂く。
何て温かい時間だろう。私はこれで幸せである。
願わくば修道院に向かう日が一日でも遅くなりますように……。
「シルビア、お前に縁談だ」
父の言葉に、その場の全員の手からフォークが落ちた。
「空耳でしょうか? 私に縁談? あり得ない。お断りください」
私の言葉に母が眉を八の字にして手を伸ばす。
「ああ、シルヴィ、折角の縁談を断るだなんて」
母の娘を想う無垢な言葉に、今度は兄が溜息をつく。
「お母様、娘の結婚には持参金が必要です。それは相手の爵位次第ではとんでもなく跳ね上がる。それをシルビアは気にしてくれているのです。でも我が家の持参金など目当てにする者がいるとは思えないので、相手は爵位の無い者では?」
兄は父に聞くと、父は首を振った。
「王太子殿下だ」
父以外の全員の手からナイフもガシャンと皿に落ちた。
「「はあ?!」」
私と兄は咄嗟に立ち上がり叫んでしまった。母とマーサは口をぽかんと開けたまま動かない。
兄は父に捲し立てるように言う。
「そんなの我が家を社交界の笑い者にしたい何かの策略でしょう! 絶対断るべきです!!」
「お前も伯爵家の使者とのやり取りを見ていただろう。一筋縄ではいかない雰囲気がある。もちろん何かの策略だと思っている」
「先ほどの手紙がその内容で? 伯爵を通してシルビアに王太子との縁談が?? 益々怪しいじゃないですか」
「とにかく、三日後、私とシルビアは伯爵家に行くのでそのつもりで」
父は苛立ちながらそう言って席を立ち、部屋を出て行った。
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