19. ソウルメイト

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19. ソウルメイト

 社交シーズンが始まった王都は、ルイス王子の顔を知る貴族で溢れている。その為、ルイス王子は薄手のローブのフードを深く被り、酒場までは顔を隠していた。  安酒場に貴族が居るわけがないので、中に入ってしまえばある程度は安心だ。店内に入るとフードを降ろして店中をくまなく見回す。だがアルタンの姿はない。  目立たない店の奥の席に座り、ビールを頼む。酔っぱらってしまわないよう、少しづつ飲みながら、彼女が現れるように祈った。 「やっと来たな、ルーズ」  むさ苦しい男だらけの酒場で、女性の声と香りが背中からした。ルイス王子は嬉しさを抑えきれず喜色満面で振り返る。そこには会いたくてしかたなかった彼女がいた。 「アルタン! なかなか来れず、すまなかった。お詫びに一杯おごるよ」 「あたりまえだ。おーいおやじ、ビールを大きいジョッキで」  アルタンは大声を張り上げてカウンターにいた店主に酒を頼んだ。相変わらず豪快で、やはり一緒にいると笑ってしまい、心地良く、気持ちが晴れる。 「じゃあ、再会を祝して、カンパーイ!」  アルタンの乾杯の音頭で、ジョッキをカチンと合わせた。 「気になってるんだけど、アルタンは一体何の商談で来てるの?」 「言わないっていっただろ」 「手伝えることもあるかもしれないじゃないか」 「ないね」  アルタンはルイスを見ながら笑った。ルイスもつられて笑う。 「私はだいぶ軽く見られてるんだな」 「そうじゃない。危険なんだ」 「アルタンは危険が似合う」 「だろ」  ルイス王子はアルタンに軽くあしらわれても、このやり取りだけで楽しかった。彼女は自分をポジティブに変えてくれる存在だ。ソウルメイトだと信じたい。  彼女がこの国を離れるまでに、沢山彼女と話して、関わって、彼女との絆を確実なものにしたい。  彼女との時間は自分をより良い人間に変えてくれる予感がする。 「なあルーズ、お前、なんかあったか?」 「え?」 「お前は顔に出る。聞いてやるから言え」  ルイス王子は、やはりアルタンは自分のソウルメイトに違いないと思った。出会ったばかりだが、彼女になら何でも話せる。 「婚約をしようと思っている」  アルタンはジョッキを口元で止めた。そして、珍しく物静かに祝ってくれた。 「おめでとう」  ルイス王子はその言葉に鼻で笑う。アルタンはもちろんムッとした顔をする。 「人が祝ってやってるのにその態度は感じ悪いな、お前」 「ああ、ごめん。そうじゃないんだ。本当は婚約なんてしたくない」 「なら、しなきゃいい」 「そうもいかない。私がその相手と婚約しないと、兄が大切な人と結婚出来ない」 「意味不明だな、お前の国は。弟が婚約しないと兄は結婚出来ないのか???」 「この国の決まりじゃないよ。私だけの特別な事情だ」 「お前も色々背負ってるんだな」 「いや、背負ってるのは兄だ」 「ふーん……」  アルタンはビールを飲みながら何かを考えていて、しばらく沈黙が続いた。  ルイス王子がやっとアルタンと目が合ったと思えば、彼女の表情はいつになく真剣だった。 「ルーズはもしかして貴族か?」 「え?」 「特別な事情がある結婚なんて、平民ではなさそうだ」 「ああ……まあ、こんなところで大きくは言えないが、貴族みたいなものかな」  アルタンはビールを一気に飲み干し、ジョッキをテーブルの上にダンッと力強く置いた。 「じゃあ、私の手伝いをしろ」 「え?」 「ついて来い」  アルタンは立ち上がり、二階の宿屋に向かった。ルイス王子も慌ててアルタンの後を追う。  アルタンは二階ですでに宿代を払っており、鍵を受け取っていた。 「アルタン、今夜は私は泊まれない」 「いいから来い」  アルタンはルイス王子の手を掴み、部屋まで引っ張って行く。そして部屋の中に入ると、ルイス王子を椅子に座らせて、自分も対面に座った。 「いいか、ルーズ、商談に来たと言ったのはだいぶ濁した言い方だ。本当の目的は、証拠を見つけ、このオーバーランドの国王に取引を持ち掛ける為に来た」 「証拠? 取引??」 「この国の腐った貴族が、輸入にかかる関税から逃れるため、ハイステップから鉄鉱石を密輸している」 「は? それは本当か?」 アルタンは頷く。彼女の目を見れば、それが嘘ではないのは明らかだ。 「ハイステップの鉱山は密輸用の鉄鉱石を狙った盗賊が増えていて、運び出す際の手荒な運搬方法で近隣の生活や農作物にも悪影響が出ている。おかげで八つの部族からなるハイステップは内紛寸前だ」    アルタンは拳で机を叩いた。 「この国は社交シーズンには王都に貴族が集まると聞いた。このシーズン中に犯人を見つけ出し、密輸の証拠を手に入れて、オーバーランド国王と取引がしたい。だから、ルーズ、お前が貴族なら、犯人探しに協力してくれ」  ルイス王子は犯人が誰かはすぐにピンときた。鉄鉱石が必要で、懐も潤っていて、そんな事しそうな貴族といえばあいつしかいない。  自分の婚約は思った以上に価値があるかもしれないと思った。  ♢  王宮のパーティーで、ルイーザ王女が貴族男性に自ら話し掛けに行った。  行き遅れの王女が、待つ事をやめて自ら男に声を掛けに行ったと、ひそひそと壁際から聞こえてくる。そして、更なる陰口の種となったのは、ルイーザ王女が話しかけた相手だ。その男性は、サイズの合わない丈の短い燕尾服を着た赤毛の青年だった。 「ウェリントン子爵子息、ご足労頂きありがとうございます」 「ルイーザ王女にご挨拶申し上げます。お手紙をくださりありがとうございました」 「さあ、こちらへ」  ルイーザ王女はシルビアの兄ジルベールを連れてホールをさっさと出て行った。  二人の姿が消えた瞬間、パーティーはウェリントン家のジルベールとルイーザ王女の話しで持ちきりとなった。 「見ました、あの格好? さすがウェリントン家ね」 「そんな事言ったら可哀想よ。あれでも精一杯見繕って来たのでしょうし」 「行き遅れると、王女といえど嫁ぎ先はあんな所になるのね。おーこわっ」  全ては聞かずに済んだが、どちらにせよ陰口など聞こえようが聞こえまいが、二人の堂々とした態度は変わらない。ルイーザ王女とジルベールは終始穏やかな会話を交わしながら廊下を歩き、応接室に入って行った。  すでに先客が、室内のソファで足を組んで座って待っている。 「お待たせいたしました、バラド国王陛下」 「俺を待たせていいのはお前だけだ、ルイーザ」
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