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2.それぞれの思惑
三日後、私は母のお下がりのパステルピンクのドレスを身に纏い、迎えに来た馬車でマーレーン伯爵家に向かった。
馬車がマーレーン伯爵の広大な領地に入ると、巨大な水車がいたるところで回る姿が目に飛び込んで来た。水車の隣には高炉があり、煙突からモクモクと煙が立ち昇っている。
伯爵領は広大な領地から取れる豊富な木材と、製鉄業でとても豊かであった。マーレーン伯爵は貴族の中でも飛びぬけて裕福である。
伯爵家に到着して応接間に通されると、ごてごての装飾が施された高価な調度品が所狭しと飾られていた。うっかりぶつかって壊さないように気を付けて歩き、ソファへ座る。
ほどなくして、マーレーン伯爵が部屋に入って来ると、彼は挨拶もそこそこにして直ぐに話を切り出す。
「手紙の通りだ。子爵令嬢にはアロイス王太子殿下と婚約、そして結婚をしてもらいたい」
「マーレーン伯爵、それは我が家では無理な事はご存じのはずです。王太子殿下の婚約者としては爵位が低いですし、何よりその……」
父は言い辛そうな顔をして私をちらっと見る。
「持参金ならこちらで準備するから問題ない」
父が濁した部分をマーレーン伯爵はあっさりと答えた。
「そんな、それは親が我が子にするものであって……」
「だとしてもウェリントン子爵にはその甲斐性が無いのだから仕方あるまい」
私は表情は変えずに、膝の上に置かれた拳を固く握りしめて怒りを抑えていた。
「なぜそこまでして私の娘なのですか? 子爵家を笑い者にして、社交界の一時の楽しみにしたいのでしょうか?」
「随分と失礼な物言いだな。こちらは貰い手などいないであろう娘に持参金を出してやり、しかも王太子殿下という身に余るようなお相手とのお膳立てまでしてやるというのに、感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはない」
マーレーン伯爵の目付きは明らかに我々を見下し、その態度も心ないものである。
そして彼は急に笑い出す。
「今年の社交シーズン中に娘のラヴィニアが第二王子殿下に一目惚れをしてな、結婚に恋愛感情は不要といえど、親としては相手が好いた相手なら嬉しいものだろ? しかも相手は王子殿下だ。早速二人の仲を取り持とうとしたら、何と王太子殿下の婚約者候補として我が家の娘をと言われてしまったんだよ」
マーレーン伯爵の話が進むにつれ、父の顔はみるみると青ざめて行く。
「まさか……シルビアをマーレーン伯爵家の養女にして王太子殿下と婚約をさせるつもりですか?」
伯爵はニヤリと笑った。
「結婚の為に親族内で養子縁組をして色々と調整をするのは珍しい事ではない。むしろよくある事だ。枝分かれしたのは随分遡った昔と言えど、ウェリントン家がマーレーン伯爵家の分家で良かったじゃないか」
私は二人の会話を聞きながら記憶を巡らせていた。
まだ私が八つ位だった頃、その頃は裕福ではなくともまだ貴族の催し物に参加する余裕があり、ある貴族の屋敷の庭園で一人遊んでいたら道に迷ってしまった時があった。
草陰でめそめそと涙を流していたら、ガサガサと草が動き出し、そこから王太子が現れた。彼は私の横に座って頭を撫でてくれた。
「もう私がいるから大丈夫だ」
私よりも四つ年上の王太子は、八歳の女の子の目からしたらとても大きくて立派でかっこいいお兄さんで、そんな彼は輝くような美しいブロンドヘアーと宝石のように透き通った青いコバルトブルーの瞳を持っていた。
なぜその時の少年が王太子と分かったかと言うと、その後すぐに大勢の者達が王太子殿下と叫んで彼を探しに来たからである。
王太子は今はもう二十二歳。きっとあの日の面影を残した素敵な紳士になっているのだろう……。
勝手に想像して、不覚にも胸が高鳴り始め、我に返った。
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