28. 王太子の仮初めの婚約者

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 ルイーザ王女は、アロイス王太子とバラド国王をルイ国王の部屋に連れて行った。 「国王陛下、お加減はいかがですか?」  ベッドで眠る国王は、相変わらずぴくりとも動かない。ルイーザ王女は溜息をこぼし、二人を連れて寝室から出て、隣の執務室へ移る。王太子とバラド国王はソファに座り、ルイーザ王女は窓際に立ち、外を眺めている。  ルイーザ王女の視線の先には、馬を走らせて王宮を出て行くルイス王子とシルビアの姿が見えていた。 「アロイス」 「王太子殿下だ」  アロイス王太子はルイーザ王女の目を一切見ようとしない。 「いいえ、アロイス、聞きなさい。ラヴィニア嬢は仮初めの婚約者」 「仮初めの婚約者?」  やっとアロイス王太子は顔を上げてルイーザ王女を見た。 「そう、結婚はしない。とにかく書類だけで時間が稼げるなら、今はマーレーン伯爵の言う通りにしてあいつを泳がせなさい」 「だが、時間を稼いで何をすれば」 「あなたはルイスとシルビアを追いかけるの」 「姉上?」  ルイーザ王女は扉に近づいて行き、ユルゲンを部屋に入れる。 「ユルゲン、話しなさい」 「は」  ユルゲンはアロイス王太子に身体を向け、報告を始める。 「ルイス王子の侍従をしていた際、気になることがあり、私が殿下の元に戻った後は別の者に隠密の護衛をさせていました。ルイス王子はハイステップの人間と毎晩のように会っております」 「国交がないハイステップの人間と? あいつは何を考えているんだ」 「それが、マーレーン伯爵の密輸の問題が関係しております」 「密輸? マーレーン伯爵が?」 「はい。ルイス王子はマーレーン伯爵の家から密輸に関する裏帳簿を持ち出し、ハイステップの人間に渡しました。その者はそれを持って今夜殿下の元に来る予定だったのですが……」 「予定だったが? どうした」 「ハイステップの人間は本日マーレーン伯爵の指示を受けた者によって捕まっておりました。おそらく伯爵はルイス王子が証拠を持ち出していたことも承知です」  アロイス王太子は大きな溜息をついて額をおさえた。 「ルイス……あいつは……ユルゲンもなぜ黙っていた」  それにはルイーザ王女が答える。 「ユルゲンをルイスの侍従にしたのは私です。なのでルイスの件に関しては私がユルゲンを管轄していました。あなたが目覚めた後も、この件はあなたが目覚める前に起きた事なので引き続き私が対応していたのです。それで、あなたに報告するタイミングは私が指示するとユルゲンに伝えていた為、ユルゲンはあなたに伝える時期を待っていました」  アロイス王太子はため息をついてユルゲンを見る。 「では、ユルゲンは今後は私以外の人間の指示は受けないように」 「承知いたしました」  ルイーザ王女は話を続ける。 「ルイスにハイステップの者が捕まったと伝えようと彼を探していましたが、まさかこんな展開になるとは私も思いませんでした。アロイス、さきほどルイスとシルビアが馬で出かけました。王都の酒場に向かっているはずです。すぐに支度をして追いかけなさい」 「姉上、追いかけて、その後は?」  ルイーザ王女はバラド国王を一瞥し、唇を噛み締める。 「国王は目覚めた」  ルイーザ王女は突然そらごとを言い出す。 「いえ、目覚めては……」  当然、アロイス王太子もバラド国王も困惑していた。 「目覚めた事にします。国政は私が代理で行っておきますので、あなたはルイスと共にこのまま王宮を出なさい。ハイステップまで行けば、あちら側の裏帳簿があるはずです。取引相手は既にルイスと酒場にいたハイステップの者が帳簿を見てわかっているはず」 「姉上!?」  驚くアロイス王太子と、目を見開いてルイーザ王女を見るバラド国王がいた。 「ルイーザ……」  ルイーザ王女にはバラド国王が自分の名を呼ぶ声が聞こえていたが、彼をまともに見れなかった。 「国王はきっとこの日の為に生きていてくださった。亡くなっていないなら、この国の統治者は国王陛下。目覚めたことにすれば、あなたが少しの間王宮を離れても問題はない」 「しかし、姉上は」 「私も行き遅れた甲斐があります。国王が国政を行っているかのように上手く取り繕っておきますので、見つかる前に、あなたとルイス、そしてシルビア嬢でマーレーン伯爵を追い詰める解決策を見つけて帰ってきなさい」 「姉上……」 「これは王太子の責務を放棄しているのではなく、責務を果たすのに必要な行動です。マーレーン伯爵の不正を暴き、国民に必要となる妃を迎え入れるのです。そしてあなたも……」 「私も……?」 「王太子であろうと、アロイスとして幸せになる権利があります。足掻(あが)きなさい」  バラド国王が立ち上がった。 「王太子、行くぞ」 「バラド国王?」 「王太子をルイス王子の元へ送り届けたら、私はそのままアウルムへ戻る」  バラド国王はアロイス王太子に話しかけながらも、ルイーザ王女を見つめていた。 「バラド……」  バラド国王はルイーザ王女のもとに近づき、愛おしそうに髪に触れる。不意に頬にあたる指が熱く、ルイーザ王女の胸を焦がした。 「ルイーザ、伝えていなかったことがある」 「なに?」 「お前を愛している」 「私は……バラド……今はまだやるべき事があってアウルムへは行けない」 「問題ない。待つのは得意だ」  バラド国王はルイーザ王女の髪にキスをしてから、アロイス王太子、ユルゲンと共に部屋を出て行った。  ルイーザ王女は窓際に立ち、外を見て待つ。暫くしてから、アロイス王太子とバラド国王、そしてジルベールとユルゲンらしきフードを深く被った男達が馬を走らせて出て行く様子が見えた。  締め付けられる胸をおさえながら、バラド国王の姿が見えなくなるまで、窓の外を見つめ続けていた。
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