31. 大地に還る

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31. 大地に還る

 王宮の廊下を着飾ったラヴィニアが闊歩している。すれ違う使用人がラヴィニアが誰かわからず挨拶を疎かにしようものなら烈火のごとく詰め寄った。 「私が誰だかわかる? わからないの? 王宮内で働くなら王太子妃となる者の顔は覚えないとだめよね? 私はね、あなたの顔をはっきり覚えたわよ」 「王太子妃になるお方? でもあなた様は私の存じ上げているシルビア様ではございません」 「何アナタ? 何も知らないの? シルビアは婚約破棄されたのよ。私こそ正当な婚約者ラヴィニア・マーレーン。次会った時に同じような無礼を働いたら即刻処刑してやるから。王太子妃には不敬罪で処罰する権限があるんですからね」  使用人が訳も分からず震えていると、そこにルイーザ王女が現れた。 「これは、ラヴィニア嬢」  ルイーザ王女を見るや否や、ラヴィニアの態度も性格も百八十度裏返った。慎ましい微笑みを向けながら、ちょこんと可愛らしいカーテシーをして見せる。 「ルイーザお姉様にご挨拶申し上げます」 「お姉様……? 私はあなたの姉ではありません」 「ああ、私としたことがっ。ルイーザお姉さまを実の姉のようにお慕いするあまりつい……」 「ルイーザ王女とちゃんとお呼びなさい。それで、本日はなぜ王宮に?」 「もちろん、アロイス王太子殿下に会いに伺いました」 「残念ですが王太子は王宮にはおりません。先日発表があった通り国王陛下が目覚めたので、王太子は王宮での執務ではなく国内視察に出掛けております」 「では戻られるまでお待ちいたします」  ラヴィニアは一歩も引かない様子でにこにことルイーザ王女を見つめた。ルイーザ王女は表情を一切変えることなく淡々とラヴィニアに話しかける。 「そう。丁度いいので、待つ間は王太子妃になる準備を致しましょうか」 「ええ! もちろん喜んで王太子妃になる準備をさせていただきます!」  ラヴィニアは何を勘違いしたのか目を輝かせてルイーザ王女の後をついて行く。  ——一時間後、ラヴィニアはルイーザ王女にカーテシーをしていた。 「お……お姉さま。まだまだ学びたいのですが、そろそろ戻らないとお父様が心配しますので。ごきげんよう」 「待ちなさい」  さっさと扉を開けて出て行こうとするラヴィニアにルイーザ王女は近づく。 「この本を、次にお会いする時までお読みになって、私に内容を教えてください。王太子妃は殿下の代わりに書物を読んで内容を的確に伝えられなければなりませんので」 「こんな分厚い本ですか……?」  ルイーザ王女は珍しくにっこり笑った。 「ああ、あと、カーテシーですが、伯爵家の家庭教師にもう一度習ってきなさい」  ラヴィニアは必死に作り笑顔を向けながら部屋を出て行った。閉じられた扉の向こうからは、ラヴィニアの地団駄を踏むヒールの音がカッカッカッカッと響いている。  部屋の奥に待機していた侍女がルイーザ王女に質問をする。 「王女様。一体何の本を宿題に出されたのですか?」 「知らないわ。私でも難しくて読むのをやめた哲学書だから」  
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