32. テラスでの会話

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「アウルムの石炭は他国のものとは少し違います。古代のアウルムは今とは比べ物にならない程人々のマナも強く、ハンド達の力も強かった。その頃はグリーンハンドも沢山いたので、彼らのマナを分けられ育てられた植物や樹木が、強いマナを保持したまま化石になったのがアウルムの石炭です」  その青く燃え上がる石からは煙も出ておらず、高温を維持している。お兄様は食い入るようにその石炭と炎を眺め、ゼキに質問をする。 「この石炭は燃やしても硫黄や独特の香りもなく、煙も無いのはどうして?」 「炎が舞い上がるまでの間に、あまりの高温で不純物がすべて取り除かれるからです」 「すごい……これだけの火力があれば……」  バラド国王がアロイスに話しかけた。 「これが、自国の採掘にこだわる一番の理由だ。この炎は製鉄をする際も、木炭で作るよりもより純度の高い鉄を作れる。それに、あの気球はこのアウルムの石炭の熱で浮かばせている」  お兄様が急に立ち上がった。 「行ける気がする! このアウルムの石炭があれば……炭鉱の排水は可能だ」  その言葉には誰もが驚き、バラド国王は半信半疑で聞き返す。 「まだ、現地も見ていないのに?」  お兄様は輝いた瞳をバラド国王に向けてうなずき、私の方へ視線を移す。 「シルビア、昔よく遊んだ蒸気を使うんだ。この火力があれば排水できるだけの上下ピストン運動をさせる装置が作れるはず」 「昔遊んだ蒸気……あっ!」  私は思い出し、アロイスを見る。アロイスはやっと気づいたのかといった笑みを浮かべて私を見ていた。 「アロイス……もしかしてあの装置を見てお兄様が適任だと?」 「そうだ。一つは、貴族は労働をしないが、彼は育った環境で働くことに慣れている。炭鉱でも厭わず積極的に調査をしてくれると思った。そしてもう一つ目が重要で、シルビアが見せてくれた蝋燭の上で回転する装置。あれは中々だった。ジルベールの有能さを知ったよ。彼なら面白い装置を作り出して、見事に炭鉱の水の問題を解決してくれるんじゃないかと思ったんだ。どちらの要素がかけても解決できない。ジルベールは問題解決が出来るだけの行動力と知識が貴族の誰よりもあると思ったから任命したんだ」 「アロイス……」  お兄様を見ると顔が真っ赤になっていた。きっと、まさか自分がそんな風に思われていたなんて夢にも思っていなかったのだろう。 「シルビア、私一人では設計も大変だ。手伝ってくれるか?」 「もちろんです。お兄様」  お兄様はバラド国王へ視線を移す。 「もちろん、炭鉱の状況確認も目視で必要です。出来るだけ早い段階で連れて行っていただけると助かります」 「ああ、こちらこそお願いしたい。ひとまず今日はオーバーランドからの長旅を王宮で癒して、明日朝一に炭鉱へ向かおう」  希望が見えて浮き立った空気の中、レッドハンドのギュネシュが低いトーンで口を開いた。 「炭鉱の話が一区切りついたところで、話題を変えてもよろしいでしょうか?」  ギュネシュの提案にゼキは手を額にあてて目を瞑った。  バラド国王は少し考えていたが、結局手の平をギュネシュに向け、ジェスチャーで「話せ」と伝える。 「ウェリントン子爵子息並びにご令嬢に、タラテの話を伺いたいです」  ギュネシュの表情は読みづらく、怒っているようにも見えるし、切実に望んでいるようにも見える。 「タラテ・ウェリントンは確か5~6代前の先祖で、異国から嫁いできた女性としか子孫の我々には伝わっていません」  私の言葉にお兄様も言葉を続ける。 「墓石を見たことがあるが、百年以上前、確か百十年くらい前に亡くなったと記されていたかと」  ブルーハンドのスアトが目を潤ませながら呟いた。 「タラテのお墓にいつかお参りにいきたいですね」  スアトとタラテの関係はわからないが、スアトの表情と内側から滲み出ているタラテへの感情が私にも伝染し、少し胸が熱くなってしまう。 「ぜひ来てください。タラテの墓はオーバーランドのマーレーン領にあります」  私の言葉にアロイスが驚いた声を上げる。 「墓がマーレーン領に? なせだ?」 「それは、我が家がマーレーン家の分家なので、一族の墓はすべて本家であるマーレーン家の庇護する教会にあります」  レッドハンドのギュネシュはブルーハンドのスアトに淡々と話していた。 「もう亡くなって百十年と言っていた。タラテの肉体は完全に土に還っただろう」 「それでも、私達も区切りをつけたいし、タラテには誰も君に怒っていないと伝えたい」  バラド国王も言葉を出す。 「私も、タラテの墓でもいいから、彼女に私は怒っていないと伝えたい」  私はバラド国王に聞いた。 「あの……タラテとは古い友人と言っていましたが、彼女は何か陛下を怒らせるようなことを?」  バラド国王は首を横に振った。そして、ゼキの方が説明をしてくれた。 「タラテは失踪した当時はこの国唯一のグリーンハンドで、王の手の一人でした。彼女は私達の友であり、同僚。国王陛下にとっては、友であり、忠臣。そしてシャラト王妃の侍女もしていました」 「シャラト王妃の?」  ゼキは頷く。  お兄様は、ゼキや王の手、そしてバラド国王に真剣な表情で質問をした。 「タラテの話を教えて頂けますか? そして、よろしければ、レッドハンドやブルーハンドといったハンドの話も伺いたいです」
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