34. ハイステップ

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34. ハイステップ

 空が徐々に明るくなり始めた。薄暗い雄大な大地の地平線に一筋の光りが現れ、やがて太陽が姿を現す。空と大地には光が溢れ、姿を現した青々とした大草原に白い馬が颯爽と駆け抜けている。 「アルタンッ!!」  少し日に焼けて健康的な肌色になったルイスは、満面の笑顔でアルタンの馬を追いかけた。 「ルーズ! ちゃんとついて来てるか!」  アルタンも嬉しそうに後ろを軽く見て、すぐに前を向く。  白い馬二頭から距離を置いた後方からも茶色の馬が続々と続いた。  向かう先には巨大な城壁があり、城壁に立つ兵士たちがアルタンの姿を確認すると急いで門を開く。  アルタンは馬の速度をさらに上げ、門が完全に開ききる前に駆け込んで行った。アルタンに続いてルイスも馬を全速力で走らせて門を通り抜け、後ろに続く騎馬隊も土煙を巻き上げながら門の中に入って行った。  ここはハイステップ連合王国のアイジャルク国。アイジャルク王家の宮殿がここにある。  アルタンとルイスは裏帳簿奪取と罪人を捕まえ、無事に宮殿に帰還した。  馬から降りたアルタンは真っ先にルイスの元まで駆け寄り、馬から降りたばかりのルイスに抱き着いた。 「ありがとうルーズっ!! お前のおかげだ」  アルタンが勢いよく抱き着いてきたのでルイスはよろけた。 「アルタン、むしろこちらこそありがとう。裏帳簿がこれだけあれば、マーレーン伯爵を追い詰められる」 「ああ、帳簿は半分ずつ持って、互いの国の罪人をそれぞれ裁こう」 「今までありがとう、アルタン。ハイステップは想像以上に美しく豊かな国だった」 「そうだろ? このひと月でルーズも日に焼けて逞しくなった。必ずまた来い」 「そうか、もうひと月も経ってしまった。早く兄上にこれを持って行かないと、オーバーランドに戻って事を成そうとする頃には、社交シーズンが終わって貴族たちが領地に戻ってしまう」  ルイスはどうするべきか思案し、決断をした。 「アルタン、私はこのままアウルム国へ向かう。今まで本当に世話になった」  アルタンは急な出発に驚きを隠せない。 「もう行くのか?」 「すまない。でも一秒でも早く届けないと」  アルタンは寂しそうな笑顔で頷いた。 「わかった。では途中まで見送ろう。馬は体力があるやつに乗り換えて行け」 「ありがとう」  アルタンは再び白い馬に乗り、ルイスは使用人から別の体力が十分ある馬を引き渡され、二人はまた城壁に向かう。  侍従たちがついて行こうとしたが、アルタンが手を振ってついて来るなと命令した。  アルタンとルイスは城門を走り抜け、美しい大草原を駆け抜ける。先ほどとは違い、今度は本当に二人きりである。  ルイスは馬の速度を落とし始め、見渡す限り一面の大草原に馬を止めて降りた。 「アルタン、もうここら辺で大丈夫だ。方向感覚には自信がある。アルタンが宮殿から遠くに離れると皆が心配するだろ」  アルタンも馬を止めて降りる。 「そうか。わかった。では、ここで別れだな」 「そうだ。またいつか会おう」  そう言って、二人は黙って見つめ合ったまま、その場を動かない。動くものは、風が吹きガサガサと揺れ動く大草原の草のみ。  ルイスは、風に乗ってそよぐアルタンのシルバーの長いカールヘアについ目がいってしまう。あの髪の毛に触れながら、彼女を抱きしめられたらどんなに幸せだろうか。 「ルーズ、そういえば取引の対価は決めたか?」 「対価? ああ、あれは結局兄の方からアルタンの元に行ったのだから、私は何もしてないだろ」 「お前がいたから王太子に会えて話せた。だから対価として望みを言え」  ルイスとアルタンはまた黙って見つめ合った。  風がそよぐと、彼女の香りがしてきて、切なさが募りルイスの胸を塞ぐ。 「……じゃあ、対価を要求しよう」 「ああ、そうだ」  ルイスはアルタンに近づき、彼女の腰に両腕を回し手を添えた。 「これが最初で最後で良い。君のキスを貰えないか?」  アルタンはルイスの瞳の奥をじっと見つめ、ルイスもアルタンから視線を外さなかった。  また、二人は黙ったまま動かない。  ルイスが諦めて手を離そうとした時、アルタンがルイスの首に両腕を回し、胸に深く響くほどの熱いキスをしてきた。 「ルイス……」  アルタンは吐息交じりにルイスの本名を呼びながら、何度も彼に唇を重ねる。  ルイスもアルタンの背中や腰に指を這わせ、時折彼女の柔らかいカールヘアに触れ、そして彼女を自分に強く引き寄せてキスを返す。  二人の長い長いキスが終わると、ルイスはアルタンのおでこに自分のおでこを優しく合わせて、小さな声で別れを伝えた。 「ありがとう、アルタン……また、会おう」 「お前は本当に……相変わらず分かってない」  ルイスはアルタンに苦笑いをしてから、彼女から手を離し、馬に乗った。  アルタンも馬に乗り、ルイスに別れを告げる。 「ルーズ、必ずマーレーンを潰せ。そしてあとは……私に任せろ」  ルイスは笑った。 「ああ、アルタン」  ルイスはアウルム国に向かって馬を走らせた。
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