35. 巨樹

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35. 巨樹

 アウルム国の炭鉱に、巨大なシーソーのようなテコの装置が作られた。テコの右側にはボイラーとシリンダーの設備があり、その設備の上部から伸びる鎖はテコと繋がっている。テコの左側には、地中深くまで伸びるポンプが繋がっていた。  お兄様が装置の前に立ち、私達や炭鉱で働く大勢の人々の前で仕組みを説明する。 「シリンダー内で加熱と冷却を繰り返すことで、蒸気の発生と減圧でピストンを動かし、ピストンに連動するテコで排水ポンプを上下に動かします。例えるなら、井戸の手押しポンプを蒸気の力で動かすイメージでしょうか」  アウルムの火力の強い石炭を使って火がつけられると、暫くしてから巨大なテコがギギギーッと音を立てながら傾き始め、排水ポンプ内のピストンが下がった。  お兄様がシリンダー下部のバルブを閉めて、次に冷水のバルブを開けてシリンダー内に噴射すると、テコがまた反対側に傾いて排水ポンプによって地下から水を組み上げた。  手間はかかるが、それでも地下から人力で水を組み上げたり、ブルーハンドが一日中水を操る方が体力も持たず、現実的ではないので、アウルムの人々はこの装置の誕生に歓喜の声で湧いた。    私はその歓声に誇らしい気持ちでお兄様を労う。 「お兄様、本当にお疲れさまでした。おめでとう」  だが、お兄様は若干浮かない顔をしていた。 「ああ、でも、これはまだ改良前なんだ……」 「これで?」  炭鉱前は喜びと驚きで湧いていたが、お兄様は溜息をつきながらボイラー装置を見ている。 「本当はもっと効率よく動かせるはず。だけど、今回は社交シーズンが終わるまでに完成させなくてはならなかったから……やはりブルーハンド達のマナを動かす力を借りた方がいいのか……」  私は首を振る。 「持続的に作業をしてもらうのでは、彼らの負担が計り知れないわ。それに、誰かの持つマナの力にどんどん依存してしまったら、それこそバラド国王の悩みが増えるだけじゃないかしら?」  お兄様は私を見て納得したようにうなずいた。 「本当だな。マナの力頼みに解決したくないから、バラド国王も科学での解決策を探していたはず」  お兄様は蒸気の装置全体を見上げた。  バラド国王とアロイスが近づいてきて、お兄様の肩を叩き、労った。 「素晴らしい装置だ!! 本当にありがとう、ジルベール」 「ああ、これで貴族もウェリントン家を認めるだろう」  お兄様はやはり浮かない顔をしており、考え込んでいた。 「そうでしょうか……貴族達はこれを目の前で見ることなく、殿下が『ウェリントン家が炭鉱の問題を解決した』と発言するだけで信じ、納得するでしょうか?」  私はお兄様が言いたいことは何となくわかった。確かにこれを言葉だけで説明されても、きっと貴族達には伝わらない。彼らが感銘を受けなければ、結局は状況は変わらないのだ。  その時、遠くからこちらに「おーい!」と呼ぶ声が聞こえてきた。声のする方向に顔を向け、目を凝らしたら、馬がこちらに向かって走って来る。 「兄上ー!」  それは日に焼けたルイスだった。ルイスの馬は徐々に減速を始め、この人だかりの手前で止まった。ルイスは急いで馬から降りてアロイスの元まで駆け寄って来る。 「街の人から、ここでバラド国王陛下が凄いものを見せていると聞いて、ひょっとしたら皆ここに居ると思った。やはり居た」 「ルイス、随分日に焼けたな! それで、ハイステップはどうだった?」  ルイスはショルダーバッグに入れていた冊子の束を取り出し、アロイスに渡した。 「裏帳簿だ。ハイステップの密輸の一味はアルタンが捕まえて彼女の宮殿の牢に入れた。これから裁くそうだ」  アロイスはルイスを力いっぱい抱きしめた。ルイスもアロイスの肩を掴み、嬉しそうな表情をしている。 「よくやった。こちらもジルベールが見事に鉱山の排水装置を作り出した」  ルイスはそう言われて、巨大な排水装置に視線を移す。 「気になってたんです。これをジルベールが一人で?」 「いや、もちろんシルビアを始め様々な者達が手伝った。これで必要な材料は揃った。明日の朝一にオーバーランドに向かおう」  アロイスとルイスは一日でも早くオーバーランドに帰りたいといった様子だ。もちろん、貴族が集まる社交シーズンの内に解決しないといけないからではある。  だけど、お兄様はやはりまだ貴族を認めさせるにはこれではないと感じているようだった。 「王太子殿下、王子殿下……私はもうしばらくアウルムに残ってもよろしいですか?」  これには全員が驚いた。アロイスは困惑してお兄様を見る。 「ジルベールがいないと、貴族達の前でウェリントン家の功績を称え、褒美を与えられない」 「その日までには戻ります。これはウェリントン家に与えられた最初で最後のチャンスかもしれないんです。確実に貴族を認めさせたい。なので、もう少しだけ、ここで研究させてください」
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