37. 星の間の裁判

1/2
前へ
/52ページ
次へ

37. 星の間の裁判

 アロイス王太子とルイス王子がオーバーランドに戻った後、『国王は目覚めたが、まだ執務は負担が大きかった』として、アロイス王太子がまた国王代理となった。    裁判の準備を着実に進め、日程はなるべくギリギリまでシルビアたちがアウルム国にいられるように配慮し、その旨をシルビアへ手紙に書いて送った。だが彼女からの返事はない。よほど忙しいのか、困難を極めて諦めてしまったのか……。アロイス王太子は首を振って否定的な心を振り払った。  結局シルビアは戻ってくることなく、便りもこないまま、社交シーズン最終日にマーレーン伯爵の裁判が始まった。  マーレーン伯爵の裁判は王宮内にある星の間で行われた。天井には夜空の星が描かれており、貴族の裁判はここで行われる。室内には国中の貴族が傍聴人として集められていた。国中の貴族なので、ウェリントン子爵夫妻も勿論来ている。貴族席の最前列にはルイーザ王女とルイス王子、そしてマーレーン伯爵夫人とラヴィニアが座っていた。  檀上に座る黒い法服を着た裁判官と枢密院、そしてアロイス王太子の前にマーレーン伯爵が立たされる。半ば強制的に参加させられた貴族たちは、わが身に飛び火がしないようにと、一言も発せずに、静かに傍聴席に座っていた。  アロイス王太子は裁判長に裏帳簿を渡し、裁判長は渡された裏帳簿を熱心に読んでいる。 「ここに、マーレーン伯爵がハイステップ連合王国の密輸グループと取引をしていた証拠がある。明らかに違法であり、この取引で伯爵は関税も逃れていた」  マーレーン伯爵はまったく動じた様子がなく、余裕の表情である。 「まさか取引の相手がハイステップで、しかも密輸グループとは知らなかった。私も騙されたのだ。税の支払いは領地管理をさせているランド・スチュワードに任せていたから、私も払っているものだと思っていた。未払いの税金はすぐに支払おう」  貴族たちはざわつき始める。マーレーン伯爵も騙されていたならなんと不憫なことかと。我々も今一度領地のランド・スチュワードの仕事を確認せねばなどと話していた。  アロイス王太子はマーレーン伯爵を睨みつけながら、怒りで肩を震わせていた。この期に及んでまだ逃げるつもりか。しかも自身の使用人に罪を擦り付けて……。  マーレーン伯爵は厭味ったらしい笑顔でアロイス王太子に言い放った。 「そもそも、その帳簿が本物だと証明出来るのですか? まさか、私を嵌める為に偽物を作られたとかではないですよね?」  裁判所内が凍り付く。王太子に向かって挑発的な事を言うなんて、あってはならない。だが、そんな態度を堂々ととれる位なら、やはりマーレーン伯爵は無罪なのではないかという声が聞こえ始めた。  アロイスは下唇を噛んだ。シルビアとジルベールは未だに帰ってこない。マーレーン伯爵に裁きを下すことも難しい。悔しくて、唇を噛む力に更に力が入り、僅かに血の味がしてきた時、突然星の間の扉が開かれた。 「遅くなってすまなかった」  星の間にいる全ての人間が、開かれた扉に注目したが、そこに立つ者が一体誰なのかわからなかった。わかる事は、開かれた扉の前では背の高い美しい女性が立っており、ハイステップ連合王国の民族衣装を着ているという事。しかもその民族衣装は、明らかに庶民が着るような代物ではなく、上質な漆黒の生地に、繊細な金の刺繍が施されている。頭には王冠と透け感のある薄い黒のベールを纏っており、妖艶な雰囲気を醸し出していた。  その美しい女性は颯爽と星の間を歩く。堂々とした王者の品格と振舞に、貴族たちは目を奪われた。  そして、彼女を見て、心拍数を上げている者がいる。顔を赤くし始めたルイス王子である。  女性は壇上の前まで行くと、アロイス王太子を強い眼差しで見た。 「ハイステップ連合王国を統べる、アルタンナラン・アイジャルクだ。アロイス王太子、取引をしよう」  国交のないハイステップから女王がやって来た。  大貴族のマーレーン伯爵の裁判も貴族達は驚いたが、ハイステップの女王の登場はそれを遥かにしのぐ驚きで、口をずっと噤んでいた者もさすがに驚きの声を上げた。  アロイス王太子は目の前の美しい女性が、あの勇ましいアルタンと同一人物なのかと未だに疑っている。 「おい、聞いてるのか! 王太子!」  女性が声を荒げると、ルイス王子が立ち上がった。 「兄上、彼女は紛れもなくアルタン……アルタンナラン女王陛下です」  アロイス王太子はルイスの目を見て確信し、アルタンに視線を戻す。 「ハイステップ連合王国の女王陛下にご挨拶申し上げます。しかし、今は裁判中ですので、裁判が終了してからお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」 「だめだ」  即答したアルタンは、指をパチンと鳴らすと、ハイステップ連合王国の従者たちが続々と部屋に入って来た。その者達は、何人もの囚人らしき者たちも連れて来る。 「オーバーランド王国のマーレーンとやらが取引をしていた奴らだ」  アルタンの指示で従者が罪状や取引の証拠を裁判長に渡した。そして罪人を前に立たせ、証言をさせた。 「我々はマーレーン伯爵の指示で密輸をしていました。その為に結成された組織です」  裁判長が口を開く。 「これだけ証拠が揃い、証人も十分にいれば、マーレーン伯爵の罪は明らかだろう」  マーレーン伯爵の顔がやっと危機感を露わにし始めた。自暴自棄にでもなり始めているのか、アロイス王太子を恨みがましく睨みつける。 「私を捕まえてどうする。私がいなければシルビアは劣悪な環境の修道院だといっただろ。今この場で彼女との養子縁組を解消してやってもいいんだぞっ!」  ユルゲンが即座に動いてマーレーン伯爵の腕を背中に回して捕まえた。 「何をする! 離せ、無礼者っ!」  アロイス王太子は冷たい視線をマーレーン伯爵に向け、淡々と話す。 「この私にそのような口を利く時点でお前は捕まっても仕方ないんだ」  マーレーン伯爵は自身の妻に向かって叫んだ。 「おいっ! 渡していたシルビアとの養子縁組解消の書類をそこにいる大司教に渡せっ!」  マーレーン伯爵夫人はビクビクしながら言われた書類を大司教のもとに持って行った。大司教が受理したのを確認し、マーレーン伯爵はアロイス王太子に叫ぶ。 「シルビアとの養子縁組破棄だ! 資格喪失でルイス王子との婚約も白紙だな。あいつの惨めな余生が決まったも同然」  だがアロイス王太子はマーレーン伯爵を見て冷ややかに笑っていた。  
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

102人が本棚に入れています
本棚に追加