最終話・不可解な手紙、幸せの手紙

1/1
前へ
/52ページ
次へ

最終話・不可解な手紙、幸せの手紙

 紅葉の始まった美しい山々や木々、そして咲き乱れる秋桜や金木犀が、広大なウェリントン領を鮮やかに染めていた。  その自然の中を走り抜ける蒸気機関車に、秋の収穫をしている領地の民たちが一斉に手を振る。 「国王陛下! 王妃殿下!!」 「ウェリントン領の女神!」  汽車の窓からはアロイス国王とシルビア王妃が民に手を振っている。シルビアは美しいウェリントン領を見て、タラテに感謝する。 (あなたが育てた土地……あなたほどの力はないけど、あなたの子孫のウェリントン家が引き継ぎ、大切に育んでいます。あなたが支えたかったアウルム国も、今はあなたの子孫であるジルベールが科学の力で発展させて、国力を上げる貢献をして支えています)  物思いに耽るシルビアの顔を、アロイス国王が覗き込む。 「私の愛する妻は何を考えているんだい?」 「やだ、アロイス。そんなに見ないでください」  アロイス国王は覗き込むついでに、そのままシルビアにキスをした。近くに座るユルゲンは、その瞬間はちゃんと窓の外を眺める。 「今回のアウルム国の滞在は、やんちゃな甥っ子や気難しい姪っ子の世話をさせられて大変だっただろう」 「いえ、とても楽しかったですよ。どちらも国王と王妃の血が色濃く出ていて、将来が楽しみですね」 「ははは、あの二人の子供達だから、さぞ気も強いだろうな」  アロイス国王とシルビア王妃は、アウルム国の威厳溢れる国王夫妻を思い出し、互いに目を合わせて笑った。 「ジルベールもすっかりアウルム国での研究が楽しいようで、いつかちゃんとウェリントン領に戻って来るのか心配になるな」 「ふふ、ちゃんと帰ってきます。貴族の務めを理解していますから」  汽車はウェリントン領を抜けると、あの森のそばを駆け抜ける。 「ああ、あの森、懐かしいな。ルイスは相変わらず女王と野原を駆け回っているんだろうか?」 「野原って。ハイステップの大草原ね。またあの地平線を見に行きたいですね」 「そうだな。次はルイスに会いに行こう。きっと更に真っ黒に焼けてるぞ」  汽車は終着点の王都に到着し、オーバーランド国王夫妻は王宮へと戻る。  二人を待っていた小さな王太子が乳母の手を離れてシルビア王妃の元に駆け込む。 「おとうさま、おかあさま! おかえりなさい!」  白い肌に、透明感と艶感のあるブルネットの髪、アロイス国王と同じコバルトブルーの瞳をした、可愛らしい王太子である。 「ただいま、アルヴィス。お父様とお母様がいない間は良い子にしていたかしら?」 「もちろんです! アルヴィスはおかあさまに手紙を書きました!」  小さなアルヴィス王太子はシルビア王妃に手紙を渡した。ちゃんと封蝋もされている。控えていた乳母が微笑みながら教えてくれた。 「正式な書状だから封蝋もして欲しいと言われ、押させて頂きました」 「まあ、それは大切な手紙だわ。さっそく読ませて頂きましょう」  シルビア王妃は封蝋を開け、アロイス国王とともに手紙を読む。小さな子供が書く手紙の難解さに、アロイス国王は呟く。 「……不可解な手紙だ……まったく読めん」  幼いアルヴィス王太子は父の言葉にぷくっと頬を膨らませた。その愛らしさにその場にいた皆が癒され微笑む。  乳母がシルビア王妃から手紙を受け取ると、コホンッと軽く咳をする。 「では、僭越ながら私が代理で読み上げさせていただきます。オーバーランド王国王太子アルヴィスは、シルビア・オーバーランドに婚約を申し込む」  乳母の読み上げた不可解な手紙の内容に、相手は子供にもかかわらず、ムキになったのはアロイス国王だった。 「ならんっ!! シルビアは私の妻だ! 既婚者に求婚などありえないのは貴族じゃなくても誰でも知っている!」  その言葉にぴゃーっとアルヴィス王太子は泣く。シルビア王妃は、小さな子供を泣かせたアロイス国王に冷ややかな視線を向けてから、優しくアルヴィス王太子を抱き上げた。 「泣かないでアルヴィス。わかりました。あなたに大切な人が現れるまで、そのあいだだけ私があなたの婚約者になりましょう」 「ほんと?」 シルビア王妃はアロイス国王に笑って見せてから、愛おしい王太子に微笑む。 「ええ、でも、仮初めの婚約者ですからね」    END ※最後まで読んでくださった事、心から感謝申し上げます。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

102人が本棚に入れています
本棚に追加