5. 王宮での生活は

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 私は急いで立ち上がり王女のあとを追う。  部屋の扉を開けて、ルイーザ王女の名を呼びながら彼女の背中を追うが、まったく止まってくれる気配がない。  これ以上追いかけるのは逆に失礼と思い、追うのは諦め、その場で立ち止まった。  大きな溜息をひとつ零すと、誰かが肩にポンと手を乗せた。 「姉上を怒らせてしまったのかな?」  横を見ればルイス王子が私に微笑んでいた。  私は急いでルイス王子にカーテシーをする。 「ルイス王子殿下にご挨拶申し上げます」 「いいって、そういうの。いずれシルビア嬢の義弟になるんだし」 「そういうわけには……」 「ところで、なんで姉上を怒らせたの?」 「ああ……いえその、それは……」  まさか世継の話からとは、ルイス王子には口が裂けても言えないと思った。  ルイス王子は私の様子を見て察したのか、話題を変えてくれた。 「まあいいか。それより、よかったら一緒に温室まで付き合ってくれない?」 「温室があるのですか? 願ってもないお申し出です」 「温室に興味あるの? ああ、あとその堅苦しい喋り方やめて」  ルイス王子は人を和ませる力があるようで、結局温室までの道のりで砕けた話し方になってしまった。 「ええ!? 野菜を自分で育ててたの?」 「そう! 料理だってしてた。ちなみに私が育てる野菜は美味しいって評判だったのよ」 「いいねー! シルビアの野菜をぜひ食べてみたいなぁ」  背の高いルイス王子と和気あいあいと話しながら、彼の姿にアロイス王太子の姿を重ねていた。もしも彼が十二歳で成長が止まらなければ、今頃こんな姿になっていたのだろうか……? 「そんなに私の顔を眺めて……もしかして惚れちゃった? 兄上がいるのにだめだよ」  ルイス王子は悪戯っぽく笑いながら、私の頬を指でつついてちゃかす。 「ルイス王子、そんなわけないでしょ」 「あはは、ルイスでいいよ」 「ではルイス、そんな冗談にも出来ない冗談はやめて」 「ああ、ごめんごめん。シルビアみたいな子、初めてだからさ」  ルイス王子は涙を拭きながら笑っていた。  いつの間にか温室の前まで来ていたようで、温室の方に顔を向けると、その扉はすでに開かれている。  王太子の侍従が扉を支えて立っており、温室の中には腕いっぱいに白い花を抱えた王太子が立っていた。 「王太子殿下!」  久しぶりにその姿を見て心が浮き立ち、カーテシーも忘れて声だけが先に出た。 「王宮での生活が楽しそうで良かった」  王太子の表情はその言葉とはうらはらに険しい。 「殿下、ちょうど私も温室に用事があり、シルビアにもお付き合いいただいていました。彼女はとても面白くて、私達良いお友達になれそうです」 「は?」  王太子は片眉を上げて不服そうである。ルイスも少し挑発しているような物言いで、私は慌ててルイス王子を止めようと声を掛ける。 「あの、ルイス、何だか誤解を招いているような……」  慌てすぎて、うっかり先ほどまでの調子でルイス王子に話しかけてしまい、王太子はその呼び名に反応する。 「ルイス……? シルビア? お互い呼び捨てとは、随分親しい間柄になったんだな」  王太子は持っていた花を乱暴に侍従に押し付け、先を歩き出す。 「私はまだ仕事が残っている。では」  侍従は花を抱えながら急いで王太子の後を追うが、途中で引き返してきてルイス王子に花を渡す。そしてルイス王子に耳打ちすると、私達に一礼してからまた急いで王太子を追って行った。  ルイス王子は困り顔で溜息をつき、それから身体をこちらに向けて、持っていた花を私の腕にバサリと落とすように渡してきた。  ボリュームのある個性的な形をした純白の美しい花は、甘く芳しい香りを放っている。 「これは?」 「兄上からシルビアに」 「え?」 「シルビアに渡しに行こうとしていた所だったそうだよ」 「なぜ?」 「なぜって、それは本人に聞いた方がいいんじゃない?」  確かにルイス王子の言う通りだ。純白の花を見つめながらそう思った。 「それ、兄上がシルビアに送った花印の花だよね?」 「あ、これ、アイリス?? 色が真っ白だったから気が付かなかった」 「アイリスの花言葉は……」 「花言葉?」 ルイスは自分で花言葉の話題を出してきたのに、なぜか口をつぐむ。 私が答えを待ってルイスを見続けるものだから、困った様子で教えてくれた。 「ああ、えっと、確か、希望……だったかな」  ルイスは花粉で鼻がかゆくなったのか、軽く鼻をこすっている。 「希望……」  私が王太子の希望になれるようなところは一つもない。だからルイスも言葉を濁してしまったのだろう。そもそも、王太子は花言葉まで考えて贈ったわけではない気もするし。  そして、どちらかというと、私の方がこの婚約と結婚によって子爵家が立て直せるかもという希望を持っている。  とにかくこの花は純粋に嬉しかった。お礼に行かなくてはと思い、ルイスと別れて王太子の部屋に急いで向かった。
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