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「こちらに来てどれくらいなんですか?」 「二年とちょっとです」 「何か困っていることとかありますか? 住む場所とか」 「いえ、支援してもらえてるので、大丈夫です。……ああ、でも、魔法史家になったばかりで、本をたくさん買えないのは困ってますね。高級な本は、図書館から持ち出すことができないので、家で読みたい時に読めればなーと思うことがあります」  この国には、異世界転移者への支援制度があり、重要なのに人気がない職業へ就くかわりに、いろいろな支援を受けることができた。  弓治はその制度を利用して、魔法大学に通い、少し前に魔法史家という研究者になることができた。 「魔法史家の試験、合格者が少ないのに、すごいですね」 「魔法がない世界から来たんで、その歴史を知るのが楽しくて。気づいたら、勉強に没頭してました」  弓治は照れ笑いを浮かべ、髪を触った。もともと、好きな教科を勉強する時は、時間を忘れるタイプだった。 「カノルさんは服装的に――魔法使いですか?」  この世界の魔法使いは、少しフォーマルな格好をしていた。こういう格好をしろと厳密に決まっているわけではないらしく、カノルはネクタイをしていないが、身につけている人も見かける。 「そうです。魔法使いはわかりやすいですよね」 「初めて会った日は喪服だったから、気づきませんでした」  言ってから、しまったと思った。  暖かな陽が降り注ぐ、穏やかな陽気なのに、自分の周りだけ気温が下がった感覚に陥る。  カノルの目が悲しげに細まったのを見て、「すみません」と頭を下げた。 「いえ、いいんです。むしろ、気を遣わせてしまって、すみません」  彼はそっと微笑んで、記憶をたどるような目をした。 「初めて弓治さんに会った時、母の葬儀を終えた後だったんです。母と言っても、血は繋がっていなくて、俺が五歳の時に拾ってくれた人なんですけど」 「そうだったんですか……」 「突然のことだったので、茫然自失というか、何も考えられなくなってしまって。葬儀からの帰り道、どうしても足が動かなくなっていた時に、弓治さんが傘をさしてくれたんです」  宙に向けられていた視線が、弓治に向く。悲しげだが、穏やかな光が宿っていた。 「真っ暗な中、自分が立っているのかもわからないような感じだったんですけど、弓治さんが手を差し伸べてくれて、自分の足が地面についている感覚とか、真っ暗な視界に光が灯ったみたいな感覚がして、ぎりぎり踏ん張れたんです。弓治さんがいなければ、きっと今も、どうやって生きていけばいいのかわからずに、現実を受け入れられなかったと思います。あの日、弓治さんが俺を救ってくれたんです」 「救ったなんて、そんな。俺はただ、傘を渡しただけで……」 「その優しさに救われたんです。本当に、ありがとうございました」  あの日、傘を渡すことしかできないことに罪悪感を覚え、苦しくなった。帰ってからも、もっと声をかけて寄り添えば良かったんじゃないか、他にもできることがあったんじゃないかと、いつもの如く、くよくよと思い悩んでいた自分が、彼の言葉で救われた気がした。 「そう言ってもらえて、嬉しいです。俺も、救われました」  言葉を詰まらせながら言う。  軽くなった胸に、熱いものと、切なさ、悲しみ、安堵感、喜びが込み上げた。
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