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カノルが「そう言えば、本が買えなくて困ってると言ってましたよね?」と訊ねてきたのは、ケーキを食べ終えた時だった。
大きい音を立てないように気をつけながらフォークを置いた弓治は、「はい」とうなずく。
「魔法史家チェイントの本はお持ちですか?」
「二冊は持ってます。高い本ばかりなので、なかなか買えなくて」
「十冊ほど持っているので、新品じゃないもので良ければプレゼントしますよ」
「え、いや、高いので申し訳ないですよ」
「家に置いてあっても、もう読み返さないので。ただ置いてあるよりも、弓治さんに読んでもらえたほうがいいと思うんです」
弓治の心は揺れ動いていた。チェイントが書いた本は、魔法史の研究において、重要なものばかりだ。魔法史家になる前に一度読んではいるが、譲ってもらえれば、かなり助かる。
けれど、一冊の値段が、弓治の一ヶ月分の食費を超える。そんなものをもらうのは、やはり気が引けた。
「せっかくなんですが、やっぱり申し訳ないので、受け取れないです」
「そうですか……。では、無期限でお貸しします」
さらりと言ったカノルが、片方の手の平を上へ向けた。次の瞬間には、一冊の分厚い本が、薄い光とともに出現していた。
物体を移動させる魔法。目で見える範囲にある物を、近くに移動させるだけなら、多くの魔法使いができるだろう。けれど、見えない場所にある物を、自分の手元に移動させるのは、かなりの技術がなければできない。
驚きに目を瞬かせる弓治の前で、「これと、これもどうですか? 三冊だと持って帰るのが大変ですかね?」と、カノルがさらに二冊出して、テーブルへ置いた。
「……カノルさんって、かなり高位の魔法使いですか?」
彼には意外な質問だったようで、軽く眉を上げ、かすかに口元を緩めた。
「いえ、そんなんじゃないですよ。ただ、母に恩返しをするために、魔法の勉強を頑張っただけで」
三冊の本を綺麗に重ねると、弓治の前に置いた。
「一度読んだだけなので、そんなに汚れていないと思うんですが」
「本当にいいんですか? 高い物なのに」
「ええ。弓治さんの役に立てるのなら、嬉しいです。いつまで持っていてくださっても大丈夫ですよ」
「いやいや、それは悪いです」
崩さないように気をつけながら、一冊持ち上げると、ずっしりとした重みを感じた。
本の重みって、何でこうも心地良いんだろう。
弓治の顔が、自然と明るくなる。
「ありがとうございます……すっごく助かります」
満面の笑みを浮かべた弓治に、カノルは目を細めた。
「それにしても、知り合ったばかりの俺にこんなに良くしてくれるなんて、カノルさんってほんと優しいですね」
本の表紙をなぞりながら、言う。
彼は少し考える素振りを見せてから、穏やかに笑った。
「こんなに優しくするのは、弓治さんだけですよ」
自分が彼の特別な存在であるかのような言い方に、胸が甘酸っぱくなった。
かっこいい人って、こういうことさらっと言えちゃうのか、と感動と照れが混ざる。
「カノルさん、かっこいいし、優しいし、すごくモテそうですよね」
「そうですか? そんなこと全然ないんですが……。でも、そう思ってくれるってことは、弓治さんにとって俺が魅力的な人間に見えているようで、良かったです」
「それはもう、魅力溢れる人ですよ」
「じゃあ、いつか好きになってくれますか?」
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