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「え?」
弓治は目を見開いて固まった。
好き? 好きって、ライクってこと? それとも、ラブのほうか? でも何で突然?
頭の中で、たくさんの言葉が行き交う。
混乱する弓治とは反対に、カノルは静かに微笑んでいた。あまりに落ち着いているため、「あ、そうか、これ、冗談か」と、慌てふためいた自分が少し恥ずかしくなった。
「カノルさんも冗談とか言うんですね」
笑った弓治だったが、彼の目が真剣な色なのを見て、ぎこちない笑みへ変わる。
冗談じゃないってことか? じゃあ、「好き」ってどっちの意味で訊いてるんだ?
頭がパンクしそうになった時、カノルが申し訳無さそうに眉を下げた。
「すみません、急でしたね。困らせたかったわけじゃないんです」
「い、いえ、大丈夫です」
彼の質問の意図が理解できないまま、曖昧な笑みを浮かべることしかできない。
その後、話題が変わっても、バクバクしている心臓はなかなか落ち着かなかった。
◇
コトッという音を立てて、マグカップを机に置いた。赤茶色の紅茶から、いい香りが漂う。
椅子に腰掛けると、端に寄せてある三冊の本から、一冊を手に取った。今日、カノルから借りた本だ。
口角を上げた弓治が、表紙を指でなぞる。表表紙、背表紙、裏表紙をゆっくり見てから、表紙をめくった。
「熱っ」
一瞬、両手にびりっとした熱が走った。本を落としそうになる。
次の瞬間には、何事もなかったかのように、熱は消えていた。
一度本を置いて、両手を見る。特に変なところはない。
弓治は首を傾げつつ、もう一度、本を手に取った。思い切って開いてみる。今度は、何も感じなかった。
何だったんだ? と不思議に思いながらも、すぐに本に夢中になった弓治は、先ほどのことを忘れて、夜まで読書を続けた。
その日の夜、カノルの夢を見た。
現実みたいな夢だった。二人掛けの椅子に座り、隣のカノルが手を握ってくると、体温を感じた。
弓治の指の間に指を通し、恋人繋ぎをした彼が、口を開く。
「俺のこと、好きになってください」
今日、会った時は質問だった言葉を、懇願するように言う。
「弓治のこと、大切にしますよ」
呼び捨てにした彼が、愛しそうに見つめてくる。そして、誰もが見惚れる顔が近づいてきた。
唇が重なった。柔らかくて湿ったそれが、何度も触れてくる。
意識がふわふわする中、弓治はそっと目を閉じた。キスをするのは初めてで、唇ってこんなに柔らかいのか、と小さな感動が広がった。
「好きです。俺の全てで、あなたを愛したい」
唇を軽く触れ合わせたまま、彼が囁いた。
頭と心が、甘くとろけていく。そのまま下唇を甘噛みされたり、軽く吸われると、くらくらした。
こんなことしていいのかな、と頭の片隅で思うが、夢だから何も問題はない、と思い直し、彼に身を任せた。
目が覚めた時、昼間と同じくらい心臓がバクバクしていた。
思わず、唇に手をやる。先ほどまで感じていた熱と感触が、はっきり残っている。
手も、ぎゅっと握られた感覚が残っていて、触れ合っていたカノルがいないことに、寂しさを覚えた。
はあ、と息を吐いた弓治は、顔を手で覆った。端正な顔、優しい声、キスの感触、囁かれた甘い言葉の数々を思い出す。
今のは夢だ。本物のカノルじゃない。俺が作った幻想だ。
それなのに。
「好きになっちゃったかも……」
情けない声が、一人きりの部屋に溶けた。
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