03

1/3

70人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

03

 再びカノルに会ったのは、三日後だった。  夕日が照らす街を、買い物帰りの弓治が歩いていると、少し遠くから名前を呼ばれた。立ち止まって振り返れば、カノルが小走りでこちらに向かってくるところだった。 「こんにちは。お買い物ですか?」 「こ、こんにちは。買い物して、帰るところです」  端正な顔を見上げる弓治の心臓が、ドキドキとうるさくなる。頬が熱を持って、落ち着かなかった。 「良かったら、途中まで一緒に行きませんか?」  一瞬、迷った。あんな夢を見てしまったから、居心地の悪さというか、気まずさのようなものを感じていたからだ。だが断ることもできず、「ぜひ」と頷いた。  二人は隣り合って歩きだした。  弓治の目が、ちらちらとカノルの顔に向く。柔らかな感触を思い出し、つい、彼の唇に目がいってしまった。  歩きながら頭の中に、囁かれた甘い言葉が蘇って、「あれは夢だ、夢だ」と自分に言い聞かせた。 「えっと、カノルさんも家に帰るところですか?」 「いえ、俺は薬草を買いに市場へ向かっているところだったんです」 「えっ、こっちからだとかなり遠回りじゃないですか?」 「遠回りですけど、弓治さんと会った場所がこっちのほうだったので、もしかしたら会えるかもしれないと思って、来てみたんです。そうしたら本当に会えたから、嬉しくて。何だか運命を感じますよね」  嬉しそうな声と微笑みに、言葉が詰まった。  魅力的なカノルにそんなことを言われると、勘違いしてしまいそうになる。  自分が彼へ向ける気持ちが、友情以上のものだと半分気づいていた。だが、懸命に見ないふりをしていると、少し遠くに見知った姿を発見し、「あ」と声を漏らした。  ケミーが本を抱えて歩いていた。魔法大学からの帰りかもしれない。大通りへ向かっていく彼を見つけた瞬間、「助かった」と安堵した。  このまま二人きりでいると、感情がさらにぐちゃぐちゃになりそうで怖かった。だから、助けを呼ぶつもりで、ケミーを呼び止めようと口を開いた。  しかし、弓治がケミーの名前を呼ぶことはなかった。  息を吸って声を出そうとした瞬間、腕を引かれたからだ。弓治を止めるように、カノルが腕を引いていた。  弓治は驚いた表情で彼を見上げる。薄い紫色の瞳がケミーへ向いた後、弓治に戻った。 「知り合いですか?」 「はい……友達です」 「もうちょっと、二人きりで話したいです。だめですか?」  訊ねる口調だったが、有無を言わせない圧のようなものがあった。 「あ、えっと……だめじゃないです……」 「良かった。じゃあ、このまま二人で歩きましょう」 「……あの、何か、俺に言いたいことがあるんでしょうか?」 「え? どうしてですか?」 「言いたいことがあるから、二人きりで話したいのかなと思って……」 「特にないですよ。二人きりの時間を、他の人に邪魔されたくないと思っただけです」  カノルが優雅な笑みを浮かべる。その上品な雰囲気の中に、強い意思が漂っていた。  鼓動がさらに激しくなった弓治は、頭がパンクしそうなほど困惑していた。  邪魔されたくない? 何で? それってまるで、俺を特別視してるみたいだ――そこまで考えた時、カノルが、「ああ、そういえば、言いたいことありました」と、ひらめいたような声を出した。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

70人が本棚に入れています
本棚に追加