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03
再びカノルに会ったのは、三日後だった。
夕日が照らす街を、買い物帰りの弓治が歩いていると、少し遠くから名前を呼ばれた。立ち止まって振り返れば、カノルが小走りでこちらに向かってくるところだった。
「こんにちは。お買い物ですか?」
「こ、こんにちは。買い物して、帰るところです」
端正な顔を見上げる弓治の心臓が、ドキドキとうるさくなる。頬が熱を持って、落ち着かなかった。
「良かったら、途中まで一緒に行きませんか?」
一瞬、迷った。あんな夢を見てしまったから、居心地の悪さというか、気まずさのようなものを感じていたからだ。だが断ることもできず、「ぜひ」と頷いた。
二人は隣り合って歩きだした。
弓治の目が、ちらちらとカノルの顔に向く。柔らかな感触を思い出し、つい、彼の唇に目がいってしまった。
歩きながら頭の中に、囁かれた甘い言葉が蘇って、「あれは夢だ、夢だ」と自分に言い聞かせた。
「えっと、カノルさんも家に帰るところですか?」
「いえ、俺は薬草を買いに市場へ向かっているところだったんです」
「えっ、こっちからだとかなり遠回りじゃないですか?」
「遠回りですけど、弓治さんと会った場所がこっちのほうだったので、もしかしたら会えるかもしれないと思って、来てみたんです。そうしたら本当に会えたから、嬉しくて。何だか運命を感じますよね」
嬉しそうな声と微笑みに、言葉が詰まった。
魅力的なカノルにそんなことを言われると、勘違いしてしまいそうになる。
自分が彼へ向ける気持ちが、友情以上のものだと半分気づいていた。だが、懸命に見ないふりをしていると、少し遠くに見知った姿を発見し、「あ」と声を漏らした。
ケミーが本を抱えて歩いていた。魔法大学からの帰りかもしれない。大通りへ向かっていく彼を見つけた瞬間、「助かった」と安堵した。
このまま二人きりでいると、感情がさらにぐちゃぐちゃになりそうで怖かった。だから、助けを呼ぶつもりで、ケミーを呼び止めようと口を開いた。
しかし、弓治がケミーの名前を呼ぶことはなかった。
息を吸って声を出そうとした瞬間、腕を引かれたからだ。弓治を止めるように、カノルが腕を引いていた。
弓治は驚いた表情で彼を見上げる。薄い紫色の瞳がケミーへ向いた後、弓治に戻った。
「知り合いですか?」
「はい……友達です」
「もうちょっと、二人きりで話したいです。だめですか?」
訊ねる口調だったが、有無を言わせない圧のようなものがあった。
「あ、えっと……だめじゃないです……」
「良かった。じゃあ、このまま二人で歩きましょう」
「……あの、何か、俺に言いたいことがあるんでしょうか?」
「え? どうしてですか?」
「言いたいことがあるから、二人きりで話したいのかなと思って……」
「特にないですよ。二人きりの時間を、他の人に邪魔されたくないと思っただけです」
カノルが優雅な笑みを浮かべる。その上品な雰囲気の中に、強い意思が漂っていた。
鼓動がさらに激しくなった弓治は、頭がパンクしそうなほど困惑していた。
邪魔されたくない? 何で? それってまるで、俺を特別視してるみたいだ――そこまで考えた時、カノルが、「ああ、そういえば、言いたいことありました」と、ひらめいたような声を出した。
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