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 カノルは手を動かしながら、弓治の耳に柔らかな唇を押し当てた。  数回口づけた後、ふうっと息を吹きかけられ、何とも言えない熱が背筋を通って腰に伝わった。 「弓治の感じてる顔、すごく可愛いです」 「あっ……っ、はあっ……っ」  耳の穴に彼の舌が入ってきて、くちゅくちゅという音が至近距離でする。  他人とこんなことをするのは初めてで、どうしたらいいのかわからない弓治の体を、カノルが甘く攻め続けた。 「んっ……っ……あっ……もう、出るっ……」  舌を耳に入れているためカノルは何も言わなかったが、手の動きを速めた。  体の奥に渦巻いた熱が大きくなり、限界を迎える。 「~~っ!」  息を詰め、鋭い快感が脳を貫いた瞬間、真っ暗な天井が見えた。  がばっと上体を起こした弓治は深く息を吸う。鼓動が、全速力で走ったかのように激しい。  寝具の上にいた。見慣れた部屋の中、当然のようにカノルはいない。数秒たってから、目が覚めたのだと理解した。  髪に手をやってくしゃくしゃする。 「なんつー夢見てんだよ……」  下着は汚れていなくて安堵した。  このままでは眠れそうにないので、起きて間接照明をつけた。淡い光が室内を照らす。  小さなキッチンへ行くとカラカラの喉に冷たい水を流し込んだ。息を吐いて、コップを置いた。  机に近寄った弓治は、カノルから借りた本へ手を置いた。彼のことを考えながら表紙を指でなぞる。 「完璧に好きになっちゃったな……」  柔らかな微笑みや優しい眼差しを思い出すと、胸が温かく、それとともに切なくなる。  先ほどまでリアルに感じていた彼の存在が急に消えてしまったため、無性に会いたくなった。  弓治はぼんやりと視線を動かした。時計の針が午前三時を示しているのを見て、やっと時刻を把握した。  静かな夜だ。この時間でも繁華街に近ければ、人の声や、誰かが箒で飛ぶ音が聞こえるのかもしれない。  そう思いかけたところで、外から何かが破裂するような音がした。次いで、人の喋る音、慌てて走り去っていく音が静寂の中に響いた。  カーテンを少しめくって外の様子を確かめる。薄暗い景色が映る視界に、オレンジ色の光が不安定に揺れていた。アパートの上空で何かが光っていて、その光が道路を淡く照らしているようだった。  何だ? と弓治は怪訝そうに眉をひそめ、窓を開けた。  肌寒い空気が部屋に入り込む。  外に身を乗り出すと振り向いた。  息を呑む。  アパートの屋根に炎が見えた。燃えていると認識した途端、熱が顔に迫る感覚がした。 「何で」と「どうしよう」という言葉で頭が埋め尽くされたのは一瞬で、すぐにカノルの本を抱えて部屋から飛び出た。  ケミーの部屋のドアを叩く。 「ケミー起きて! 火事だ!」  思いっきり拳で叩いた後、同じように他の部屋も叩いていく。「火事だ! 起きて!」と何度も声を張り上げていると、ちらほらと人が部屋から出てきた。眠そうな彼らに向かって上を指差し、「火事だ! 逃げろ!」と言うと、怪訝そうに上を見た後、ほとんどの人は慌てて貴重品を取りに戻った。数人はそのまま部屋から出てきて、アパートから離れるか、弓治と同じように他の部屋のドアを叩いて回った。  パチパチという燃える音が少し大きくなった頃、ケミーが叫ぶように弓治の名前を呼んだ。 「魔法消防士が来た! 離れるぞ!」  誰かが通報したようだ。魔法使いたちが箒で飛んできていた。  ケミーとともにアパートから離れる。心配、不安、困惑、緊張を浮かべる住人たちと並んだ。  魔法消防士たちが声をかけ合い、上空と地上から水魔法を使って消火するのを、呆然と眺めていた。
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