断罪*島崎

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断罪*島崎

 島崎(しまざき)の担当は不倫相手の女性への慰謝料請求だ。 佐藤家  タクシーを降りると赤松が枝を伸ばす檜の門構えが島崎を迎えた。  インターフォンを押す指先が戸惑った。 「これは多分一筋縄ではいかないなぁ」  粒の揃った砂利を踏み締め左右を見渡すと見事な石楠花(しゃくなげ)や紅葉に(かえで)、その奥には瓢箪池(ひょうたんいけ)に橋が架かり石灯籠(いしどうろう)は美しく苔むしていた。 (他人の評価を気にする気質かもしれないな)  建て付けの良い檜の格子戸を開けると目に飛び込んで来たのは樹齢100年はあろうかという年輪の置物だった。 (なんて事だ)  胡蝶蘭(こちょうらん)が並ぶ縁側の廊下を進むと座敷と思われる客間に通された。     (こんな立派な家柄のお嬢さんが不倫、人は分からないもんだな)  床の間には水墨画の掛け軸、品の良い香炉、300万円は下らない金箔の仏壇には赤い蝋燭(ろうそく)が点もっていた。 (金に物言わせ、握り潰す可能性あり) 「旦那さま、お客さまがお待ちです」 「分かった」  深く落ち着いた声の男性が鶴の絵が描かれた(ふすま)を開けて入って来た。 (傷害事件に関して仙石明穂さんは警察への被害を届け出る事は希望していない。現場の目撃証言も曖昧、監視カメラもなし、これは致し方無いかな)     渋い焦茶の着物に藍色の羽織り、白い足袋を履いた背後には俯き加減の若い女性の姿があった。 (あれが不倫相手の佐藤紗央里、まぁ。男好きそうな顔ではある) 「あなたが弁護士の」 「はい、島崎と申します」 (あー睨んでるよ、めっちゃ睨んでるよ) 「不貞行為に拠る精神的苦痛に対しての慰謝料は300万円、傷害罪示談金は80万円、脅迫罪示談金は10万円、お支払いお願い致します」 (ご自身のお立場ならば払えるでしょう、教授?)  良くある事だが佐藤氏はいきなり僕のパソコンを奪い取ると大きく振りかぶった。 (あっ!それ僕のパソコン!) 「390万円!」  不倫に関するデータや物証が他所にある事を知った佐藤氏は力無くパソコンを座敷机に置いた。安堵の息が漏れた。 「はい」 「金額に不服があれば家庭裁判所で争う事になります」 (出廷は避けたいでしょう?) 「390万円」 「お受けいただける様でしたら公証役場で公正証書の作成をお願い致します」 「390万円」 「家庭裁判所と公証役場、私共は何方でも結構です」  家庭裁判所のキーワードで佐藤氏の顔色が変わった。 (落ちた!) 「390万円、分かった」 (ぁあ、僕のパソコンが無事で良かった) 「それでは、公証役場でお会いしましょう」 「分かった、お客さまがお帰りだ」 「それでは失礼致します」  島崎は流しのタクシーに手を挙げた。 「小立野の仙石さんのお宅まで!」
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