153人が本棚に入れています
本棚に追加
end
チュン、チュン、とお手本のように綺麗な朝を告げる、雀の声がした。眩しすぎる朝の光で目が醒めた。
「きれい…」
思わず口にしていた。窓に切り取られた海が。それを反射する陽の光が。とても綺麗だった。
「ん……おはよう」
声をかけられて、振り返ると昨日のあの子が大きなあくびをしながらこちらを見つめていた。
「…だいぶ、いい顔になったじゃん」
「え?」
「もう、大丈夫っていうスッキリした表情になってる」
「うん」
「私、死ななくて、よかった」
昨日一ー今まで、出口のないトンネルの中を彷徨っているような気持ちでここまで来た私に起きたことは、一体なんだったのだろう。
「なんとか、なるよ」
不意に、彼女が言った。海を眺めたまま返事ができずにいる私にまた、彼女は落ち着いた声で。ひとりごとのように語りかける。
「家出しちゃって怒られるかもしれないし、大騒ぎになってるかもしれない。みんなものすごく心配してるかもしれない、だけど。だけどね、生きて帰ってきたらいいんだよ。それで大丈夫なんだよ。だから、なんとかなる」
私は、彼女の優しい優しい温度を含んだ声を聴きながら、朝の光に照らされた、宙を漂う塵を見つめ続けた。
「ん……」
「ね、お腹すいたよね?ここの近くにあるカフェのモーニングでも行こうよ」
さっきまでの落ち着いた声とは打って変わり、明るい声がして振り返る。
「今帰っても、どうせお母さんに怒られるだけだし」
「この辺にカフェなんてあるの?」
何もない海沿いの街、そう思いながら昨日歩いてきた道を思い出す。私が言うと、彼女はぷっ、と吹き出した。
「なんてって。何それバカにしてる?一本向こうの通り入ると、意外と都会だよ。行こ」
彼女に腕を引かれ、ともにバスを降りる。歩きながら、思い出す。
自分が昨日、この子に「そばにいてほしい」と言ってしまったこと。今になって、恥ずかしくなりその言葉が蘇ってくる。
「名前、教えて。私、楓」
彼女が言った。こちらに向けて手を伸ばしている。その手を握り返しながら、私も答える。
「私、ーー朝凪」
夜の海って、そういえば見たことない。
そう思って、あの時駅に降りてよかった。
「えー。可愛い名前」
「“楓“も、かわいい名前だよ」
話しながら、私たちは朝の光に照らされた海岸沿いを歩いていく。一緒に、手を繋ぎながら。
バス停の中に並べて置かれたラムネの瓶が海の光を捉えて、キラリと光る。
途中、気になって、後ろを振り返ると。陽の光を存分に受けた水面に鯨の尾鰭が見えた。ような、気がした。
最初のコメントを投稿しよう!