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sea
少ない人を乗せた電車は雨の中を走ってゆく。昔ながらの車掌のアナログのアナウンスが穏やかに流れる時間の経過を知らせていた。
車内には私の他に、大きなスーツケースを脇に置いた女性や、ラフな格好をした大学生らしき男性の姿があった。ふたりともかなり前の駅から一緒だが、私に注意を払う様子はない。そんなことを思ってしまう自分が情けなくて、頬をきゅ、っと引き締める。こんな時間に学生がひとりでいることを誰かが気にかけ、声をかけてくれるんじゃないか。回ってきた駅員さんが気に留めてくれるんじゃないか一一
もう、絶対に帰らないと決めたはずなのに、そんな思考は浮かんで消え。もう何回繰り返しただろう。もう後戻りはできないというのに。
気がつくと、車内から先ほどの2人の姿は消えていた。
誰も私を知らない遠くを目指し、私だけを乗せた電車は闇と知らない街の灯りで彩られた雨の中を走る。
唐突にふ、っと目の前の景色が消えた。さっきまで流れていた街の灯りや建物たちが完全に姿を消し、数秒間窓の向こう側を流れたのだ。普段だったらなんとも思わなかったかもしれない。
たぶん、あれ、海。
電車が私の地元を離れ、県境の海沿いまできたのだ。
そういえば私、夜の海。ちゃんと見たことない。
ほんの出来心、遊び心でそう思った。全財産分の切符は、辿りつける予定の駅までまだまだあった。
けれど私は衝動的に電車を降りていた。
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